ウイスキーづくりが途絶えてから、150年以上経った静かな島。そこでゼロからの挑戦を成功させたアラン蒸溜所は、その後に続く蒸溜所新設ブームの原動力になっている。あのとき、誰が、何をしたのか。ロックランザでの21年を振り返る。 文:クリストファー・コーツ アラン島は、クライド湾で最大の島である。かつては荒涼たる大地も味方して、密造酒に格好の隠れ家となっていた。エアーシャーやグラスゴーの目と鼻の先にあるため、隠語で「アランの水」と呼ばれていたアラン産のウイスキーは重宝された。その品質も評判が高く、1824年にヘブリディーズ諸島を旅した地質学者のジョン・マカロック氏は、アラン島を「密造酒界のブルゴーニュ」と称えている。 だがそんな名声も虚しく、1837年にはこの島で最後の合法な蒸溜所であるラッグ蒸溜所が閉鎖された。時代の流れに逆らえる者はいなかったのである。それからアラン島で新しい蒸溜所の建設計画が持ち上がるまで、実に150年以上の月日が流れた。 1990年代初頭、シーバスブラザーズ(シーグラム)やハウス・オブ・キャンベル(ペルノー)でマネージング・ディレクターを歴任してきた「ハル」ことハロルド・カリー氏が、自分の蒸溜所を建設したいという長年の夢を検討しはじめたのが事の発端だった。 そのハルの蒸溜所の建設地としてアラン島が浮上したきっかけは、友人でもあるグラスゴー在住の建築家、デビッド・ハッチソン氏によるところも大きい。ハルとデビッドは、ホワイト・ヘザー・ディスティラーズのプロジェクトでともに働いた仲だった。1991年3月8日、グラスゴーで開催されたアラン・ソサイエティの会合に出席したデビッドは、アラン島が自分の新しい挑戦に相応しい候補地のひとつであると意識し始める。 当初より、ハルは自分なりの見識に基いた健全な懐疑主義を持っていた。確かに1980年代には多くの蒸溜所が閉鎖に追い込まれていたが、1990年代に入って再稼働したリンクウッド、ディーンストン、ベン・ネヴィスの例もある。さらにハルは、アラン島に蒸溜所を建設する利点がいくつかあることにも気づいていた。アラン島というというユニークな場所でウイスキーのアイデンティティを示せるのはもちろん、観光業が主要産業であるスコットランドで、雨の日でも楽しめる観光地になれば、やりくりが厳しい最初の数年間の収入源を確保できるのではないかと見込んだのである。 クラウドファンディング的発想で初期費用を捻出 次なる問題は、このようなプロジェクトに出資を募る方法だった。答えの一部は、ハルの息子のアンドリューが思いついた。彼は「ボンド」を販売しようと発案する。ボンドの購入者は、蒸溜から5年後と8年後にボトリングされたウイスキーを優先的に受け取り、その後も生涯ずっと割引価格でアランのウイスキーが購入できる。サッカーのウエストハム・ユナイテッドFCがスタジアム増築に使った手法を、アンドリューは応用したのである。ボンド1口を400ポンドに設定して全4,000口のボンドを販売すれば、プロジェクト遂行に必要な160万ポンドを集められるだろうという計算だった。 しばらくして、大学で地質学を学んだデービッドの息子のマークが、島内でウイスキーづくりに適した建設地を探し始める。さまざまな候補地が浮かんだが、水の供給が問題となって諦めた場所も多かった。例えばコリーとサノックスは、どちらも炭鉱の歴史がある町。ブラックウォーターフットでは、伝統ある農業への影響を懸念された。ホワイトニングベイの酸性土は、ウォッシュの品質管理が難しくなると判断された。 最後に提案された場所がロックランザで、イーサンビオラック川がバラリー橋の下をくぐる地点のそばだった。十分な水量が得られるばかりでなく、上流地域は交通が不便なため、将来にわたって自然が荒らされる見込みはほとんどない。さらにサノックス不動産は、蒸溜所建設計画が認可されたら、川からの取水許可付きで2.35ヘクタールの土地を販売しようと申し出た。この計画が1991年8月31日付けのアランバナー紙で報道され、アラン島の住民が初めて蒸溜所建設計画を知ることになった。 科学的な調査によって、ロックランザの水質がウイスキーづくりに理想的であることが証明されると、見通しはさらに明るくなる。このニュースを受けて公式な蒸溜所建設計画が提出され、議会などでの協議が終わると「アラン・ボンド」販売によるファンドレイジングのキャンペーンが始まった。報道が拍車をかけるかたちで、人々は蒸溜所建設について活発に議論を交わすようになる。アランバナー紙が経緯を事細かに伝えたことで、最終的には蒸溜所建設を望む島民が増えた。新しい蒸溜所は、島に経済効果をもたらすと期待されたのである。 1994年の2月から5月までの間、巣作りをするウミワシに影響が懸念されるという予想外の事態で建設計画が中断した。しかしこの遅れを利用して、ハルは追加投資を呼び込むことに成功する。ボンドによるファンドレイジングが当初の目標額に届かなったため、建設再開までに不足分の資金が必要だったのだ。 1994年12月16日に工事が本格的な始まると、事態はスムーズに進行した。アイルランドのクーリー蒸溜所で蒸溜所長を務めていたゴードン・ミッチェルを蒸溜所長に任命し、1995年6月29日の木曜日に最初のニューメイクを蒸溜。翌日の金曜日に最初の樽詰めがおこなわれた。最終工事で短い中断が入った後、蒸溜所は8月17日に公式開業する。この年、当時はまだプレハブの仮設建築に過ぎなかったビジターセンターに25,000人以上もの人々が足を運んだ。 時を重ね、新しい時代へ アラン島にやってくる観光客の要望が、ビジターセンターの整備を加速させた。1997年8月9日、アラン蒸溜所のビジターセンターは女王陛下の除幕で正式オープン。エリザベス女王がウイスキー蒸溜所を公式訪問するのは2度めで、1980年にボウモアを訪ねて以来ちょうど17年ぶりのことだった。その約1年後には、アランモルトの復活を告げる公式イベントを開催。映画『トレインスポッティング』でおなじみのユアン・マクレガーがアラン蒸溜所を訪れ、法的にスコッチウイスキーと呼べる最初のカスクを開けた。 その翌年、75歳になったハル・カリーはディレクター兼名誉会長に退き、息子のアンドリューもまた取締役を退任してバンクーバー島のシェルターポイント蒸溜所に移籍。アンドリューの弟、ポール・カリーは2003年まで取締役に残った後、カンブリア州でレイクス蒸溜所を設立した。同年に欧州地域のセールスディレクターとして入社したユアン・ミッチェルが、後にアラン蒸溜所のマネージングディレクターとなる。 それからの10年間は厳しいビジネスの月日となったが、着実に海外販路も拡大することができた。ロバート・バーンズ・ワールド・フェデレーションとのパートナーシップも価値がある。アラン蒸溜所のスコッチウイスキーのボトルに、スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズの名前と肖像画を使用する許可を認められたのだ。2007年には、アイラ島からボウモア蒸溜所長を30年務めたジェームズ・マクタガートを新しい蒸溜所長に迎える。現在もジェームズは毎週アイラ島からアラン蒸溜所に通っている。 アラン蒸溜所は、2015年に過去最高益となる625万ポンドの売り上げを記録した。純利益も100万ポンド超との報告があり、2016年後半には新しく2基のポットスチルが増設される計画が発表された。 生涯をスコッチウイスキー業界に捧げたハル・カリーは、2016年3月に91歳でこの世を去る。だが最後に、自らが創設した蒸溜所の到達点ともいえる「アラン18年」の発売を見届けることができた。 そしてアラン蒸溜所は、アラン島で第2の蒸溜所を建設する計画を公表した。場所はアラン島南部のラッグ近郊で、年間150万リッターの原酒生産を目指している。計画に認可が下りれば、2018年にはスピリッツの蒸溜が始まり、アラン島におけるウイスキーづくりの新しい1ページが始まることになる。
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アラン蒸溜所の21年
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ジャック ダニエルが150周年記念ボトルを限定発売
テネシーウイスキーを代表するジャック ダニエルは、今年で創業150年。マスターディスティラーの情熱が結実した、特別な記念ボトルをじっくりと味わおう。 文:WMJ テネシー州リンチバーグを本拠地とするジャック ダニエルは、1866年に連邦政府に登録されたアメリカで最も歴史のある蒸溜所として知られている。今年でちょうど創業150周年というアニバーサリーを記念して、このたび「ジャック ダニエル 蒸溜所創業150周年アニバーサリー」が発売された。 この記念ボトルをつくるにあたり、さまざまな可能性を模索したと語るのはマスターディスティラーのジェフ・アーネット氏。原料比率を変えたグレーンビルの採用も検討したが、結局はオリジナルのレシピに敬意を払うことが重要だと感じ、ジャック ダニエルの名声を確かなものにした「ジャック ダニエル ブラック(Old No.7) 」を土台にしたのだと経緯を明かしてくれた。 「自前の樽工場を持つ強みを活かすため、革新的な樽を使用しようと考えました。トーストの時間を長くとり、チャーは短時間で切り上げた特別な新樽です。あらかじめじっくりと熱を通すことで、樽内部にあるより多くの糖分を変質させ、樽が本来持つ深く豊かな風味を最大限に引き出しました。チャーが手作業だった時代、時間をかけて内側を焼いた樽に近いスタイルです。」 つまりこの新ボトルは、150年前にジャック・ダニエル氏が使用したであろう樽を、現代風に表現したスーパープレミアムなテネシーウイスキーなのである。樽詰め時の度数を通常の62.5度から50度に下げ、瓶詰め度数も50度にした。50度という低い度数で樽詰めを開始するため、より多くの樽が必要とされるが、ゆっくりと熱を入れた特別な樽の長所がしっかりと薄められずにボトルまで届く。 「もともと甘味のあるジャック ダニエルは、ゆっくりトーストした樽との相性が最高だろうと考えたのです。熟成途中で試飲して、素晴らしい出来になると確信しました。もっとたくさん仕込めばよかったと悔やんでいますが、今はこのボトルをぜひ多くの方に味わっていただきたいと願っています」 熟成場所にもこだわった。それは日照時間が長く、寒暖の差が大きいことからプレミアムな原酒が育ち、コイヒルという丘に建つ熟成庫。記念ボトルは、この特別な貯蔵庫にある「天使のねぐら」の異名を持つ最上階で熟成されている。 テイスティングでプレミアム感を体験 「ジャック ダニエル 蒸溜所創業150周年アニバーサリー」の原料は、「ジャック ダニエル ブラック(Old No.7) 」と同様である。仕込み水は、銘水と名高い敷地内のライムストーンウォーター。グレーンレシピもトウモロコシ80%、ライ麦8%、大麦麦芽12%という伝統の比率だ。ひとたび蒸溜が終わると、「チャコールメローイング」という秘伝の工程が待っている。メープルシロップの原料にもなるサトウカエデの木を焼いて作った炭で、スピリッツを濾過して「磨き」をかけるのである。この工程が、同じアメリカンウイスキーでもバーボンとは異なるテネシーウイスキーの個性を決定づけている。 ブラウン・フォーマンでブランドマネージャーを務める奥村龍太郎氏が、記念ボトルのテイスティングを手引きしてくれた。テイスティング用の原酒は4種類。面白いのは、2種類ある熟成前の原酒だ。どちらも透明な液体だが、チャコールメローイングを施す前後の変化が比較できる。メローイング前のスピリッツは、舌にまとわりつくような穀物の感触があり、オイリーかつヘビーだ。それがメローイングの後では、香りにソフトなアロマが増し、穀物っぽい刺激や苦味が吸収されて甘味がふくらんでいる。これこそが、ジャック ダニエルのスムースで豊かな味わいをつくる土台なのである。 残る2つのグラスは「ジャック ダニエル ブラック(Old No.7) 」と 「ジャック ダニエル 蒸溜所創業150周年アニバーサリー」。まずは定番のブラックを試飲する。ミディアムボディで、軽くスパイスの利いたバニラやキャラメルのアロマがバランスよくまとまっている。 特別な樽と貯蔵庫で熟成したアニバーサリーボトルは、ブラックよりもさらにダークで赤みがある。香りはいっそう奥行きを増して濃厚。アプリコットなど、熟したフルーツの甘い感触が引き立っている。口に含むと、50度のアルコールを感じさせないほどにやわらかい。リッチかつクリーミーで、厚みのある余韻がいつまでも続く。ジェフ・アーネット氏がフレーバーを解説する。 「この記念ボトルは、ジャック ダニエル特有のキャラメル、オーク、バタースコッチ、トフィーの風味も感じられ、深くなめらかな余韻が残ります。グラスを上げたときに、思わずはっと驚くことでしょう」 創業者のジャック・ダニエル氏がモットーとした「毎日、最善を尽くす」という方針が、150年の時を越えて結実したウイスキー。全世界で18万本、日本市場では12,000本の限定発売となる。 ジャック ダニエル蒸溜所創業150周年アニバーサリー 容量:1,000ml アルコール分:50% 価格:オープン価格(参考価格:15,000円) 販売予定数量:12,000本 WMJ PROMOTION
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日本で初めてのジン専門蒸溜所
プレミアムジンに特化した新しい蒸溜所が京都市内で始動した。10月に発売された商品の初回分はすぐに完売。日本ならではの素材を使用し、和のエッセンスを加えた風味が話題を呼んでいる。日英混合のスタッフで運営される京都蒸溜所を訪ねた。 文:WMJ ウイスキー蒸溜所の新設が続く2016年の日本で、国内初となるジン専門の蒸溜所が誕生した。その名も京都蒸溜所。京都市南区から出荷される新商品「季の美 京都ドライジン」は、英国と京都の伝統を融合させたプレミアムクラフトジンである。ジュニパーベリーの効いたロンドンドライジンに、ユニークな「和」のエッセンスを加えた味わいが特長だ。 蒸溜所の扉の中では、スタッフが忙しそうに動いている。蒸溜所を案内してくれるのは、品質の設計開発から参画している洋酒研究家の大西正巳氏。日本を代表するウイスキーメーカーで工場長やブレンダー室長を歴任した蒸溜酒のエキスパートだ。 ジンはスピリッツに、ジュニパーベリーを含む天然の風味素材(ボタニカル)を加え、蒸溜器でゆっくりと蒸溜することでスピリッツにフレーバーを統合させる。通常のジンは使用するボタニカルをまとめて一度に蒸溜するが、「季の美」の製法は非常に複雑だ。選りすぐった11のボタニカルを、特性に応じて「ベース(礎)」、「シトラス(柑)」、「ティー(茶)」、「スパイス(辛)」、「フルーティ&フローラル(芳)」、「ハーバル(凛)」の6グループに分類し、別々に蒸溜した後にブレンドする。2基の銅製スチルはドイツのクリスチャン・カール社製で、ヘルメット部分にボタニカルバスケットを統合したモデル(140リッター)と、サイドマウント型のボタニカルバスケットが付いたスワンネックのモデル(450リッター)の2種類がある。この2基のハイブリッドスチルを駆使して、6種類のスピリッツをつくり分けているのである。あえて手間のかかる製法を採用した理由を、大西氏が説明してくれた。 「スピリッツを分けて蒸溜するのは、素材それぞれの本来の良さを引き出し、スピリッツを最良の状態で取り出したいから。ブレンドの調合は0.5%変えるだけで大きく風味が変わってしまいます。パワフルでキックのあるジンをつくるのは比較的かんたんですが、我々はもっと繊細なジンを志向しています」 原料のアルコールは、国内で調達する最高級ライススピリッツ。日本の主食という象徴性もあるが、酒質にまろやかな甘味があることをテイスティング時に重視した。ベーススピリッツは、マケドニア産のジュニパーベリーと定番のオリスでつくる。ここにヒノキのチップを加えているのが京都蒸溜所のユニークな発想だ。 他のボタニカルは、ほとんどが京都蒸溜所のオリジナルである。京都北西部で育った無農薬栽培の柚子。広島の尾道市からは無農薬有機栽培の完熟レモン。どちらも旬のものを蒸溜所でピーリングして真空冷凍し、年間を通して必要な分だけ使用する。 緑茶は京都の老舗の玉露だ。もともと甘さが感じられる上品な素材だが、蒸溜でホワイトチョコレートのような甘さと、軽くローストしたビスケットの味わいがフィニッシュに顔を出す。 山椒や木の芽も京都らしい素材だ。蒸溜するとオイリーで重厚なスパイスを表現する。笹と赤紫蘇はフルーティでフローラルなエッセンスを加えてくれる。 若きヘッドディスティラーを支える日英チーム 「コストは考えずに、最高品質を目指して素材を選定しました。日本の原材料は素晴らしく、一度比較してしまうと質が劣る素材には戻れません。ある程度、お金がかかるのは仕方のないことです」 大西氏はそう語る。柑橘のピールやスパイスも、ロンドンジンのように乾燥したものではなく、水気を含んだフレッシュな原料からナチュラルな風味を取り出す。それをブレンドしてウイスキーのように後熟し、最後に伏見の銘水でボトリング度数の45%に割り水する。塩素を含まない天然水なので、ボトリング直前に車で取りにいくのも重要な業務だ。 そんな手間のかかる一切の業務を、京都蒸溜所では驚くほどの少人数でこなしている。ヘッドディスティラーは、英国からやってきたアレックス・デービス氏。デービス氏を支えるディスティラーとして、スコットランドでの蒸溜経験を含む業界20年超の経験がある元木陽一氏。そしてナンバーワンドリンクスCEOのデービッド・クロール氏、大西正巳を加えた日英の4人が中核メンバーだ。ボトリングの日は、さらにヘルプのスタッフが加わる。 ヘッドディスティラーのアレック・デービス氏は、エジンバラのヘリオット・ワット大学(醸造・蒸溜学科)を卒業した後、チェイス蒸溜所やコッツウォルズ蒸溜所でジンの生産に携わった。2016年1月に来日し、この新プロジェクトに身を投じている。 「若い頃から、日本には興味がありました。日本で働き、日本語を学び、日本食や和素材について学べるのは自分のフレーバーの裾野を広げるチャンス。イギリスでの仕事にも満足していましたが、この仕事の話を打診されたときは頭の中で即決でした」 だが決して楽な仕事ではない。すべてを1日で終わらせるのがそもそも難しい。生素材なので素材の保存も難問だとデービス氏は言う。 「各素材の旬の時期も学びながら、先回りして確保するための知識と経験が必要です。英国のように、1回の蒸溜でジンがつくれたらどれだけ楽なことか。水運びも大変。それでも品質には満足しています。試飲したイギリスの友達も喜んでくれました。これまでつくってきたジンは力強いタイプでしたが、『季の美』はソフトで繊細。毎日よりよいものをつくろうと努力を続けています」 個別に蒸溜するのは手間がかかるが、ブレンドを変えるとまったく別の顔になる自由度は強みになる。試飲会では、柚子や玉露のスピリッツだけを欲しがるバーテンダーがいた。それぞれの素材の旬に合わせ、季節ごとにフレーバーを変えることもできるだろう。 京都らしい最高品質のプレミアムジン このビッグプロジェクトを遂行したナンバーワンドリンクスのデービッド・クロール氏が、蒸溜所設立までのいきさつを教えてくれた。 「これまで手がけてきた軽井沢シリーズのマーケティング活動がひと段落したので、新しいチャレンジの場を探していました。ウイスキーはすでに新しい蒸溜所が生まれているので、まだ日本に存在しないプレミアムジンをつくりたいと思ったのです。理由を見つけては訪ねていた大好きな京都で、2015年始めから物件を探し始め、6月にこの場所を見つけました」 スチルが運び込まれて蒸溜所ができる様子は、設備を担当したラフ・インターナショナルのウェブサイトで視聴できる。 2015年12月から工事を開始して、2016年6月に竣工。だが蒸溜所の前例がない京都では、役所の認可手続きに時間がかかった。ボタニカルの大半が生ものであるため、ライセンス取得前に旬の素材を購入する判断が難しかったという。8月に認可が下り、約2ヶ月で発売に漕ぎ着けたのは、親しいイギリス蒸溜所で検証を続けてきたからである。 「季の美」のパッケージは、1906年創業の酒井硝子のボトルに、400年近い歴史を持つ京都の唐紙屋「雲母唐長(KIRA KARACHO)」監修のデザインを採用。すべてメード・イン・ジャパンに徹している。 「ジンは世界中にありますが、ドイツ産のジンを飲んだ人がドイツを連想するわけではありません。私たちは、飲んだ人が日本や京都を思い浮かべるようなジンがつくりたい。千年以上の歴史がある京都のクラフトマンシップに恥じないプレミアムジンで、世界中の愛好家を楽しませたいと思っています」 季の美 京都ドライジン アルコール度数:45% 内容量:700ml 希望小売価格:5,000円(税抜) ※価格は販売店の自主的な価格設定を拘束するものではありません。 WMJ PROMOTION
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ザ・マッカランと世界No.1レストランの叡智を結集したウイスキー
11月29日から数量限定で新発売されるシングルモルトウイスキー「ザ・マッカラン エディション No.2」。今回の特別なカスク選定に加わったのは、世界の美食の頂点に立つシェフたちだった。 文:WMJ スペイサイドは、スコットランドでも特に蒸溜所が密集するスコッチウイスキーの王国。なかでも1824年に設立された「ザ・マッカラン」は、ハロッズウイスキー読本で「シングルモルトのロールスロイス」とも評された名門ブランドである。その品質は世界のウイスキーファンを魅了し、日本にも熱烈な信奉者が多い。 ザ・マッカラン蒸溜所では、自社畑で丁寧に育てたミンストレル大麦を原料に使用し、スペイサイド最小ともいわれるスチルで丁寧に蒸溜したスピリッツを、原木から処理に至るまで自社管理した専用の熟成樽で貯蔵している。シングルモルトウイスキーの「ザ・マッカラン」になるのは、蒸溜所で生産される全蒸溜液のわずか16%という厳しい品質管理も特徴だ。 そんな妥協のないウイスキーづくりで知られるザ・マッカランが、多彩な樽原酒をヴァッティングした「ザ・マッカラン エディション No.1」を日本で発売したのが今年1月のこと。マスターウイスキーメーカーを務めるボブ・ダルガーノ氏が、ヨーロピアンオークを使用したバット樽やアメリカンオークを使用したパンチョン樽など8種類の樽タイプの原酒を計130樽ヴァッティングし、格調高いザ・マッカランの力量をまざまざと見せつけた。 そして今回、限定エディションの第2弾として発売されるのが、「ザ・マッカラン エディション No.2」である。No.1と同様にシェリー樽のリッチで複雑なフレーバーに焦点を当てたもので、ヨーロピアンオークのシェリー樽やアメリカンオークのシェリー樽など、数種類の樽タイプの原酒を計372樽ヴァッティングした希少なボトリングだ。 世界的なレストランのシェフがカスク選定に参画 この「ザ・マッカラン エディション No.2」に使用する樽原酒を選定したのは、マスターウイスキーメーカーのボブ・ダルガーノ氏に加え、スペインのミシュラン3ツ星レストランを運営するロカ3兄弟(ジョアン・ロカ氏、ジョセップ・ロカ氏、ジョルディ・ロカ氏)という計4人のプロフェッショナルたちである。 ロカ3兄弟のレストラン「エル・セジェール・デ・カン・ロカ」は、スペインの美食の宝庫として知られるカタルーニャ州ジローナにある。世界一のレストランに2度も輝いた名店であり、料理の常識を覆すような最先端のレシピで世のグルマンたちを驚かせてきた。 3人の兄弟は、それぞれがシェフ、ソムリエ、パティシエとして独特の視点と味覚へのアプローチを持っている。ザ・マッカランとの関係も深く、2014年にはウイスキーのアロマに焦点を当て、14品の料理に14種類のウイスキーを組み合わせた革命的な「アルティメット・ディナー」をエル・セジェール・デ・カン・ロカで開催。同様のコラボレーションを世界規模で続けている。 「ザ・マッカラン エディション No.2」は、ジンジャー、バニラ、シトラスを思わせる香り、スパイシーでドライフルーツのような味わい、そしてザ・マッカラン特有の長い余韻が愉しめる。ただし大人気レストランと同様、この特別なウイスキーを味わえる席数にも限りがある。日本全国3,000本限定なので、ご購入はどうぞお早めに。 ザ・マッカラン エディション No.2 容量:700ml 希望小売価格(税別):15,000円 アルコール度数:48% ※価格は販売店の自主的な価格設定を拘束するものではありません。 発売日:2016年11月29日(火) 3,000本限定 スペイサイドが誇るシングルモルト「ザ・マッカラン」の歴史、製法、商品情報が掲載された公式ブランドサイトはこちらから。 WMJ PROMOTION
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木内酒造額田蒸溜所とジャパニーズウイスキーの革新【後半/全2回】
クラフトビールファンにはおなじみの木内酒造が、ウイスキーづくりに乗り出した。アメリカのクラフトディスティラリーを参考にした額田蒸溜所から、真に革新的なジャパニーズウイスキーが生みだされる日は近づいている。 文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン 開拓者精神が旺盛な木内酒造は、蒸溜酒づくりでも革新的な手法を模索している。2016年2月に稼働したばかりの額田蒸溜所では、ウイスキー以外の蒸溜酒も生産することになるはずだ。だがまずは同社の基本的なウイスキーづくりの工程について解説しよう。 ウイスキーづくりの最初のステップはマッシュだが、やはりビールメーカーとあって既存のビール醸造の設備でマッシュがつくられる。初めての蒸溜から6ヶ月が経った現在、額田蒸溜所のスタッフは主にドイツ産の二条大麦をウイスキーの原料に採用している。国産の小麦を試験的に使用したこともあったが、当面の計画では2005年から栃木県で栽培されている新しい大麦品種「サチホゴールデン」を原料にしたウイスキーをつくることになっている。 約4,500リットルのマッシュ2回分が、蒸溜所そばにある12,000リットルのタンクに移され、約3日間にわたって発酵される。イーストはおおむねドライタイプのウイスキー用酵母を使用しているが、木内敏之氏によるとベルギー産の上面発酵酵母を使用したバッチもいくつかある。この酵母を使用するとスピリッツに繊細なスモーク香が加わるため、「スモーキーウイスキー」へのユニークなアプローチになると木内氏は考えている。ピーテッドモルトを使用しなくとも、発酵時にスモーキーなフレーバーが生成されるのは実に興味深い。 発酵が終わったウォッシュは、3槽の貯蔵タンクに送られて蒸溜を待つ。蒸溜設備は、木内酒造の要望で細かく仕様を決めた中国製の特注品だ。蒸溜責任者のサムことイサム・ヨネダ氏(両親は日本人とスコットランド人)が、蒸溜プロセスを詳細に説明してくれた。 「ここではポットスチルにコラム式スチルを付設したハイブリッドスチルを使用しています。アメリカのクラフトディスティラリーではかなり人気の高いタイプですが、これを初めて日本で導入したメーカーのひとつが木内酒造なんです」 ポットスチルの容量は1,000リットルだが、ポットの最上部に触れたりラインアームに溢れだしたりしないよう、蒸溜時にはおよそ700リットルぐらいまでしかウォッシュは入れない。ポットスチルはスチーム加熱で、気化したアルコールが水平のラインアームを通ってコンデンサーに向かう。 一部のスピリッツはコラムまでたどり着き、フィルターのように銅との接触機会を増やす4つのプラットフォームを通って再び上昇する。たくさんあるサイドバルブもアロマ、フレーバー、純度、アルコール度数などに影響を与えるのだという。 「このような蒸留器の設計が、蒸溜中にどのような影響を与えているのかは、蒸溜後のスピリッツの香りと味を確かめてみるまでわかりません。スピリッツは水とグリコールに分かれて冷却タワーの上を通過して、気体だったアルコールが液化します。これがスチルから流れだして、ドラム缶に注がれるのです」 独自のアプローチでジャパニーズウイスキーの新境地へ 木内酒造額田蒸溜所の生産量は、まだかなり小規模である。700リットルのウォッシュから最終的に得られるニューメイクは60〜80リットルほど。しかし設備の拡張計画は着々と進んでいる。木内酒造は新しい5,000リットルのハイブリッドスチルを、同じ中国のメーカーに発注済みだ。すべてが計画通りに進めば、スチルは2017年の初頭に納品される予定である。 現在のところ、ニューメイクを貯蔵するカスクは包装用倉庫の2階にある蒸溜所の隅に保管されている。最初の半年間で使用したカスクは9本。シェリーバット4本、バーボンバレル2本(シカゴのコーヴァル蒸溜所で使用された110リットルの小樽)、バージンオークのヘリテージバレル2本、ヘッドを桜材で作った特殊な桜バレル1本という内容だ。すべてのカスクをテイスティングさせてもらったが、まだ貯蔵したばかりにも関わらず、特にシェリーカスクと桜カスクが驚くべき熟成の兆候を見せていた。 木内敏之氏は、「真のジャパニーズウイスキー」をつくることが目的であると断言している。技術面やウイスキーづくりの思想において、あえてスコットランド流を踏襲せずに、元気なアメリカのクラフトディスティラリーを参考にしたのもそのような理由からだ。さほど規制が厳しくないアメリカでは、冒険や実験の余地も多分に残されているのである。 大麦であれ、樽材であれ、地元産の原料を使用するのは、酒づくりに携わるものとして至極当然のことだと木内氏は考えているようだ。ヨネダ氏が語ってくれた言葉も、その意思を裏付けている。 「国産の原材料をもっとマッシュに入れられる道があるのなら、積極的に試してみたいと考えています。例えば米をそのまま焼酎にするのではなく、何らかのかたちでマッシュビルに加えることも検討していますよ」 これまでに見たこともないような、新しいジャパニーズウイスキーづくりの歴史はまだ始まったばかりだ。
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熟成の魅力あふれるワイルドターキーの特別ボトル
11月に数量限定で新発売されるバーボンウイスキー「ワイルドターキー マスターズキープ ディケイド」。昨年よりワイルドターキーのマスターディスティラーを務めるエディー・ラッセル氏が、10年以上熟成した原酒の魅力を打ち出したウイスキーファン垂涎のボトルだ。 文:WMJ 1869年創業のリピー蒸溜所を起源とし、ケンタッキー州でも指折りの歴史と伝統を誇るワイルドターキー蒸溜所。原料の味わいを最大限に生かすこだわりの製法を守り続け、アメリカをはじめ世界中のウイスキーファンから高く評価されているのは周知のとおりだ。 そんなケンタッキーバーボンを代表する蒸溜所で、新しい時代が動き出したのは昨年2015年1月のこと。禁酒法以前からウイスキーづくりに携わり、マスターのなかのマスターと慕われる父ジミー・ラッセル氏(現ワイルドターキー蒸溜所責任者)に代わって、栄誉あるワイルドターキーの4代目マスターディスティラーに就任したのがエディー・ラッセル氏である。 3人兄弟の末っ子として生まれたエディーことエドワード・フリーマン・ラッセル氏は、1981年6月5日に出生地ケンタッキー州ローレンスバーグでファミリービジネスの手伝いを始めた。当初は草刈り、樽の移動、瓶の処分などの力仕事に従事し、時間をかけてウイスキーづくりの全行程を経験。勤続20年となる頃には、樽熟成と貯蔵庫管理の責任者ととなってワイルドターキーの屋台骨を支え、2010年にはケンタッキーバーボンの殿堂入りを果たしている。 エディー氏は高品質なニューボトルを積極的にリリースしてきた。父ジミー氏の勤続60周年を記念し、息子のエディー氏が長期熟成原酒をブレンドしたのが「ワイルドターキー ダイヤモンドアニバーサリー」(日本では昨年発売)。また今年3月に日本でも発売された「ワイルドターキー 17年 マスターズキープ」は、エディー氏がマスターディスティラーとして初めてリリースした記念すべきボトルで、絹のような滑らかさとほのかな甘さが特長だった。 そして今回発売される「ワイルドターキー マスターズキープ ディケイド」は、エディー・ラッセル氏自身の蒸溜所勤続35年を祝うボトル。マスターズキープのラベルのもと、10~20年というバーボンとしては極めて長期の熟成を経て、見事なバランスと力強さを持ったウイスキーに仕上がった。アルコール度数52%の力強い味わいが特長で、キャラメルやバニラを思わせる香りと、しっかりとした余韻が楽しめる。 エディー・ラッセル氏の夢を叶えた、もうひとつの貯蔵庫 父の伝統を守りながら、独自のこだわりを活かして新しいウイスキーファンの期待にも応えたい。そんなエディー氏が特に重視してきたのは「熟成」だった。そもそもワイルドターキーは、深みのある味わいを実現するために低いアルコール度数で蒸溜と樽詰めをおこない、ボトリング時の加水量を最小限に抑えるという熟成重視のアプローチを伝統としている。 パッケージを見てみよう。羽ばたく七面鳥を描いたボックスのラベルには、エディー・ラッセル氏の手書きでウイスキーのプロフィールが書かれている。104プルーフ(52%)、ノンチルフィルター、原酒の熟成期間は10~20年。そして「マックブレーヤー・リックハウス(貯蔵庫)から高品質なバーボンのバレルだけを個別に厳選」との記載もある。この「マックブレーヤー・リックハウス」とは、ローレンスバーグにあるワイルドターキー所有の貯蔵庫のことである。同じマスターズキープでも、先発の「17年」はローレンスバーグとフランクフォートの2箇所の貯蔵庫で熟成された長期熟成原酒をブレンドしたもの。今回の「ディケイド」は、ローレンスバーグの木造の貯蔵庫だけで熟成された原酒を厳選してボトリングした。 力強くスパイシーなワイルドターキーの特長を継承しながら、長期熟成などのプレミアムなボトルも世に送り出そうというのがエディー・ラッセル氏の方針だ。重要視している日本市場についても、「知識が豊富で、味覚の鋭い人が多く、長期熟成品の良さや違いを感じ取ってくれるので、ワイルドターキーにとって非常に大切な国」と語ってくれた。ワイルドターキーで定番の「8年」や「13年」が、今や日本限定ボトルであるということは意外に知られていない。 まさにエディー氏の夢のゆりかごから、満を持して生まれた長期熟成のバーボンが「ワイルドターキー マスターズキープ ディケイド」である。深まる秋の夕べに、じっくりと味わってみたい。 ワイルドターキーマスターズキープ ディケイド 容量 750ml 希望小売価格(税別) 17,000円 アルコール度数 52% 発売日 2016年11月15日(火) 日本国内3,480本限定 ※価格は販売店の自主的な価格設定を拘束するものではありません。 ワイルドターキーがこだわる伝統のウイスキーづくりや、多彩な商品ラインナップを詳細に解説した公式ブランドサイトはこちらから。 WMJ PROMOTION
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マルス津貫蒸溜所の輝ける未来【前半/全2回】
日本国内に多数のウイスキー蒸溜所が新設された2016年もそろそろ終わり。最後に紹介したいのは、本坊酒造が鹿児島に建設したマルス津貫蒸溜所だ。フル稼働を初めて約1ヶ月が経った南さつま市の現場を、ステファン・ヴァン・エイケンが訪ねる2回シリーズ。 文:ステファン・ヴァン・エイケン つい最近まで、ウイスキーファンがわざわざ鹿児島まで出かける用事はほとんどなかったといっていい。だが真新しい本坊酒造のマルス津貫蒸溜所が南さつま市に誕生したことで、そんな状況も永遠に変わってしまった。 津貫蒸溜所でつくられたウイスキーを味わえる日まで、これからまだ何年もかかるだろう。しかしそれは蒸溜所訪問を先延ばしにする理由にならない。もちろん本州からは距離もあるし、蒸溜所の道のりも交通至便という訳でもない。実際にはレンタカーを手配するか、鹿児島空港からバスで加世田まで行ってタクシーに乗り換えることになるだろう。だが多少の苦労をしてでも、この蒸溜所まで足を運ぶ価値は十分以上にある。 真新しい蒸溜所と前述したものの、マルス津貫蒸溜所の所在地には長い歴史がある。津貫は本坊酒造や創業家の本坊家にとって極めて重要な土地だ。ここは本坊酒造が蒸溜酒づくりを始めた創業の地であり、本坊家がかつて住まいを構えていた場所。土地の所有者である2代目社長、本坊常吉氏の旧邸はすぐ隣に残されている。現社長の本坊和人氏もここで生まれ育った。 だがこの土地と蒸溜所のつながりは、家族の歴史に由来する情緒的なものばかりではない。100年以上にわたって、この地で焼酎が生産されてきたという事実は決定的である。新しいウイスキー蒸溜所は、かつて焼酎を熟成させ、ボトリングのラインも置かれた貯蔵庫のひとつを改装して造られている。焼酎用の設備は、みなウイスキーづくりのスペースを確保するために他所に移動された。 そして、ことビジター体験についていえば、これほど見どころの多いウイスキー蒸溜所は日本のどこを探しても他に見当たらないだろう。訪問客を楽しませようという配慮が、最初から蒸溜所の設計に組み込まれていたのは間違いない。蒸溜所全体の設計から、設備の細部に至る工夫まで、訪問客の視点を最大限に意識した気配りが行き届いている。 日本屈指のビジター体験 蒸溜棟に入場した訪問客は、まず階段を上って2階の中央付近に導かれる。そこからガラス越しに、糖化、発酵、蒸溜というすべての生産工程が観察できるのは画期的だ。ここからモルトの粉砕だけは見えないが、稼働中のモルトミルを眺めるのはペンキが乾く様子を観察するようなものであるから大きな不足はない。関心の高いみなさまのためにお伝えすると、モルトミル(粉砕機)は4本ロール型で、ドイツのキュンツェル社製である。 マルス津貫蒸溜所は、マルス信州蒸溜所と同様に10月から6月までの1シーズン操業である。毎年180トンのモルト(大麦麦芽)を使用するというから、おおむね1日あたり1トンのモルトが180バッチ必要となる計算だ。モルトもやはりマルス信州蒸溜所と同様にノンピート(0ppm)、ライトピート(3.5ppm)、ヘビーピート(20ppm)、スーパーヘビーピート(50ppm)と4種類のピートレベルで用意される。量的には60トンのノンピートと80トンのライトピートが主体で、ヘビーピートとスーパーヘビーピートの割当ては20トンずつ。ただし初年度が終了した時点で内容を吟味し、この割合を次年度から変更する可能性もある。 モルトを粉砕して粗挽き状の麦粉(グリスト)にする際、多くの蒸溜所はグリスト:ハスク:フラワーの比率を2:7:1に設定している。だがここマルス津貫蒸溜所では、その比率が2:6:2に近い。この比率も後に変更対象となるかもしれないが、重要なのはマルス津貫蒸溜所がマルス信州蒸溜所よりもヘビーなスタイルのウイスキーをつくろうと考えている点にある。粉砕のレシピは、あくまでスタイル上の目的に従って調整されるはずだ。 蒸溜所で使用される水は、焼酎づくりの水と同じである。蒸溜所の背後にそびえる蔵多山から湧き出す軟水だ。大半の蒸溜所では糖化を3回に分け、3回目に投入したお湯を次回のバッチの1回目に流用しているが、マルス津貫蒸溜所のチームはすべての糖化を純粋な水(お湯)でスタートする。つまり糖化は3回ではなく2回である。興味深いのは、マッシュタンの横に細い縦長の窓がついており、内部の状態がよく観察できること。たいていの蒸溜所では、マッシュタンの上部からマッシュの上に浮かぶ泡のレイヤーを覗き込むことしかできない。だがマルス津貫蒸溜所では、流れ出すクリアな麦芽汁がマッシュタン横の窓からよく見えるため、蒸溜所見学の経験が豊富な方でもかなり貴重な体験となるはずだ。 次の工程は発酵室。マルス津貫蒸溜所には5槽のステンレス製ウォッシュバック(各6,000L)が設置されている。このウォッシュバックは、発酵時にウォータージャケットを被せて温度調整をおこなう。使用される酵母は、ここでもマルス信州蒸溜所と同様に3種類。ドライタイプのウイスキー用酵母、ビール酵母、スラント酵母という構成だ。発酵時間は90時間(約4日間)で、これもマルス信州蒸溜所に倣っている。もともとマルスウイスキーの発酵時間は約3日間だったが、2016年から1日延ばすよう変更がなされた。乳酸発酵の度合いを高め、フルーティーでエステリーな風味を強調するためである。 (つづく)
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マルス津貫蒸溜所の輝ける未来【後半/全2回】
新設されたばかりのマルス津貫蒸溜所は、よりヘビーな酒質のウイスキーを生み出すためのユニークな設備に満ち溢れている。初めての訪問レポートは、いよいよ蒸溜から熟成の核心に迫る。 文:ステファン・ヴァン・エイケン 糖化と発酵が終われば、いよいよ蒸溜の工程に進む。蒸溜棟に陣取っているのは、2基の真新しいポットスチル。製造したのは日本の三宅製作所である(半年前の経過レポートはこちら。ウォッシュスチル(初溜釜)は、容量5,800Lのタマネギ型。スピリットスチル(再溜釜)は、容量2,700Lのストレート型だ。 どちらのスチルもラインアームは下向きの設計(マルス信州蒸溜所よりさらに10° ほど下方)で、共に蛇管式(ワーム式)のコンデンサーにつながっている。今日では多管式(シェル&チューブ式)のコンデンサーを採用する蒸溜所が大半であるなか、この選択は極めてユニークだ。多管式では銅との接触率が高いので、軽やかでクリーンなスピリッツに仕上がる。マルス津貫蒸溜所では、よりヘビーな酒質のスピリッツを追求しているため、あえて伝統的な蛇管式を選んだのであろう。 蒸溜棟には、他にも400Lのハイブリッドスチルと、小さな500Lの銅製ポットスチルもある。ポットスチルは、1969年から1984年まで鹿児島工場でウイスキーづくりに使用されたもの。これら2つのスチルがウイスキーの生産に使用される予定はなく、ジンやリキュールをつくる際に出番が回ってくるはずだ。 マルス信州蒸溜所では、ウォッシュスチルで蒸溜した3バッチ分のローワインをスピリットスチル(容量8,000L)で再蒸している。信州に比べると、ここ津貫のスピリットスチルはずっと小さい。そのため毎日バッチひとつごとに再溜がおこなわれることになる。津貫での再溜は5時間程度で、カットの幅を信州よりもやや広くとっている。津貫は信州よりも再溜液を取り出す時点でのアルコール度数が平均1%ほど低い。ここにもよりヘビーなスピリッツを取り出したいという津貫ならではの動機が垣間見える。責任者の草野辰朗氏は、2箇所の蒸溜所からできるだけ異なったタイプの原酒を用意したいのだと説明してくれた。つまり蒸溜するスピリッツのタイプによっては、カットのポイントを変更する時期もあるのだろう。 ここでも訪問客にとって興味深いのは、2つのスチルの釜の上部に取り付けられた大きなハッチ(英語で「マンドア」)が、共にガラス製であることだ。マンドアは確認作業や掃除に使われる開閉部だが、透明の素材で造られたものには初めてお目にかかった。この窓のお陰で、蒸溜中のスチル内部を実際に視認できるのが画期的。ウイスキーファンにとって、ポットスチル内部の様子を眺める体験は感動的である。 熟成の先にあるもの 津貫のニューメイクは、おおむね度数60%強で樽詰めされる。第1回目の蒸溜は10月27日(初溜)と28日(再溜)におこなわれたばかりで、貯蔵庫に置かれているスピリッツ入りの樽はまだわずか。現在のところ、いくつかのバーボン樽と、アメリカンオークの新材で作ったパンチョン樽がスピリッツを熟成中だ。他にも麦焼酎、シェリー、梅酒などを貯蔵した樽も使用する計画がある。さらにはこれから使用される変わり種の樽も見つけた。それはアメリカンホワイトオークの本体にサクラ材の天板をはめ込んだ3本のパンチョン樽である。 ここマルス津貫蒸溜所の貯蔵庫には、マルス信州蒸溜所で蒸溜されたスピリッツも熟成されている。あらかじめ貯蔵していた信州のスピリッツが約3年でバニラ様の熟成香を獲得している事実から、津貫は信州よりもいくぶん熟成のスピードが速いものと推測される。津貫での天使の分け前は年間6%にも及び、平均3%の信州よりも高い。 ともあれ私たちは、津貫ウイスキーの最初の1杯を味わうまでに、辛抱強く待たなければならない。本坊酒造は「津貫」の名を、この蒸溜所でつくられる一連のシングルモルト製品のために温存している。どんなウイスキーでも、グラスに注いで味わうまでに少なくともあと3年はかかるということだ。それでも近いうちに、ニューメイクは200mlのボトルで入手可能になるだろう。2011年にマルス信州蒸溜所がスチルを再稼働した後にも、同様のニューメイク製品を発売した実績がある。 蒸溜所設備や石造りの貯蔵庫を見学したあとでも、マルス津貫蒸溜所にはまだまだ見どころがある。蒸溜所の右手にあるのは、1970年代初期にニュートラルスピリッツを生産していた旧蒸溜塔。高さ26メートルもある7階建てのタワーに上ることこそできないが、スーパーアロスパス式精製酒精蒸溜装置の遺構をガラス窓越しに見上げることはできる。塔内では写真と解説(日本語と英語)で豊富な資料が展示されているので、本坊酒造と創業家の歴史が詳しく学べるだろう。ここで公開されているのは、これまで外部の者が知る機会のなかった情報ばかり。パネルのひとつひとつを熟読する価値があり、見学を終える頃には本坊酒造の専門家になった気分である。 見学の締めくくりには、やはりリラックスして高品質なウイスキーを愉しみたい。隣の本坊家旧邸「寶常(ほうじょう)」をビジター用に改装する計画は、マルス津貫蒸溜所の建築中から決定されていた。伝統的な木造建築の和風平屋建て邸宅は、もともと1933年に建築されたもの。このたび増設されたウッドデッキからは目を見張るような庭が静かに眺められ、少人数グループのためにテイスティング会を催せる部屋もある。 見学者の多くは、まっすぐショップかカフェバーを目指すだろう。ショップの品揃えは豊富で、本坊酒造の商品や限定品も並んでいる。ウイスキーはもちろん、地元特産品を使ったブランド商品も見逃せない。私の個人的なおすすめはキンカンとタンカンのジャム、それに鹿児島のショコラティエ「バッハとピカソ」が作った限定品のボンボンショコラ。カフェバーは鹿児島市にあるバー「B.B.13」に倣って、同様の古風で優雅なムードをたたえている。ドリンクの値段はとてもリーズナブルなので、帰りの運転手を確保しておくのが賢明かもしれない。 この日本最南端のウイスキー蒸溜所から、やがて素晴らしい成果が生み出されてくるのは疑いようもない。ウイスキーファンのみなさまには、ぜひこのタイミングでマルス津貫蒸溜所見学を言い訳にした鹿児島旅行をご計画いただきたい。蒸溜所は毎日午前9時から午後4時まで一般公開しており、自由見学なので気の向くまま蒸溜所内で時間を過ごせる。有意義な旅になることは間違いない。
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ケンタッキーの躍進(2) ウッドフォードリザーブ蒸溜所【前半/全2回】
マスターブレンダーの来日から1年、今度はウイスキーマガジン・ジャパンがケンタッキーへ。異彩を放つ高品質バーボン、ウッドフォードリザーブの本拠地をステファン・ヴァン・エイケンが訪ねる。 文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン 2015年8月、ウッドフォードリザーブのマスターディスティラーであるクリス・モリス氏が来日して、他のバーボンとは一線を画すウッドフォードリザーブの特長について解説してくれた(リンクはこちら)。あれから1年後、私はケンタッキー州ウッドフォード郡に来ている。今度はモリス氏の本拠地で再会を果たすためである。 ウッドフォードリザーブ蒸溜所の歴史は長い。異なる様式の建築物が混在する様子から、スナップショットのように時代の変遷が垣間見られる。1812年よりこの地に定住した創業者エライジャ・ペッパーの旧邸は、今でも丘の上から蒸溜所を見下ろしている。蒸溜所自体の建物の歴史は、1838年にさかのぼる。石造りの貯蔵庫は1890年の建築。連続式蒸溜機を格納する高い建物は、禁酒法以後のものだ。そこらじゅうにある歴史の名残りが示唆する通り、蒸溜所の辿った歴史は実に興味深い。 1812年にこの地にたどり着いたペッパー家は、小さなファームディスティラリー(農場蒸溜所)としてウッドフォードリザーブを創設した。2代目のオスカー・ペッパーになって、商業的な蒸溜が始まる。3代目が1878年に蒸溜所施設をラブロット&グラハム社に売却し、同社が禁酒法時代まで断続的に操業した後、1941年にブラウン・フォーマン社に買収された。 ところが1959年に、ブラウン・フォーマン社は蒸溜所を閉鎖してしまう。当時のブラウン・フォーマン社は、ルイビルに大規模な蒸溜所を2つ保有していた。ひとつが最先端の設備を擁するアーリータイムズ蒸溜所で、もうひとつがブラウン・フォーマン蒸溜所。さらにはテネシー州でジャックダニエルを買収した直後ということもあり、もはやウッドフォード郡で蒸溜所を運営する必要もなかったのである。 すべての設備とバレルは運び去られ、蒸溜所の敷地は牛たちが草を食む500エーカー(約2平方キロ)の農場になった。1971年に蒸溜所の敷地は近所の農家に売却されたが、その農家は蒸溜所の建物を処分せずに放置した。この運命の分かれ道が、のちに蒸溜所を救うことになる。1993年にブラウン・フォーマン社が蒸溜所を買い戻したとき、建物はすべて売却した20年前と同じ状態だった。 歴史を抜け出し、新しいバーボンを切り拓く 誰もが憧れるような、長くて豊かな歴史である。ウッドフォードリザーブは、この歴史を前面にアピールしたこともあった。だが2016年からは、それもやめることにしたのだという。マスターディスティラーのクリス・モリス氏は語る。 「同じなのは、土地と建物と水ぐらいのもの。生産プロセス、酵母、設備などはすべて最新で、現代の私たちが選んだやり方です。だから2016年の秋から使用する新しいパッケージに、今までボトルと箱に記載していた『ラブロット&グラハム』の文字はありません。ウッドフォードリザーブが、現代のブランドなのだということを強調したい。私たちの存在意義はウイスキーの風味にこそあるので、その点を強調する代わり、ことさらに歴史をアピールすることはやめました」 1980年代半ばから、アメリカ国内のバーボン市場は完全に冷え込んでいた。当時ブラウン・フォーマン社を率いていたオウズリー・ブラウン2世が切望したのは、グローバルブランドを手に入れることだった。古いウッドフォードリザーブの蒸溜所を買い戻したとき、将来のことを考えながら2つの結論に行き着いたのだという。そのひとつは、世界中の人々の味覚を満足させる複雑なフレーバーを持ったバーボンをつくることだった。 当時のクリス・モリス氏は、ウイスキーマガジンでマイケル・ジャクソンの記事を読み漁り、ゲイリー・リーガンのコメントにも目を通していた。フレーバーのさまざまな側面について論じる彼らの批評スタイルに魅了されていたのである。だが同時に、まだウイスキー全体のフレーバーについて網羅的に語る人がいないことにも気づいていた。そこでモリス氏は、マイケル・ジャクソンとゲイリー・リーガンのスタイルを援用して、独自に「フレーバーの5要素」からなる理論を考案。個々の要素を追求しながら、複雑でバランスのとれたバーボンをつくろうと考えたのである。 リッチなライムストーンウォーターが、フローラルな特性を生み出す。グレーンにおいてはライ比率を増やし、コーン72%、ライ18%、モルト10%のマッシュビルによってスパイス、ナッツ香、モルト香を高める。スタンダードなバーボン製品でも、発酵時間を6日間にまで延ばしてエステル香を作り上げる。ポットスチルの3回蒸溜によって、リッチかつ優美で複雑なフレーバーを引き出す。熟成については、ナチュラルなオークの甘味が多くもたらすよう練り直す。それらすべてが、新しいウッドフォードリザーブの方針になった。 グローバルブランドを築き上げたいのなら、人々が訪問したいと思う蒸溜所にしなければならない。オウズリー・ブラウン2世はそう感じていた。訪問客を拒絶する蒸溜所がほとんどない現在からは想像できないが、当時の蒸溜所はどこも閉ざされた場所だった。ケンタッキー州で訪問客を受け入れていたのは、メーカーズマークだけだったのである。 (つづく)
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ケンタッキーの躍進(2) ウッドフォードリザーブ蒸溜所【後半/全2回】
ユニークなウッドフォードリザーブのレシピについて、包み隠さず教えてくれるマスターディスティラーのクリス・モリス氏。唯一無二のバーボンは、今でも静かに進化を続けている。 文・写真:ステファン・ヴァン・エイケン 現場でウイスキーづくりの工程を追いながら、ウッドフォードリザーブと他のバーボンメーカーとの違いを説明してくれるクリス・モリス氏。ウッドフォードリザーブでは大半のバーボン蒸溜所と同じくサワーマッシュ工程を採用しているものの、独特な発想を加えている。発酵で残ったグレーンの一部を新たなバッチと共に発酵槽に投入する蒸溜所が多いなか、ウッドフォードリザーブではモリス氏が「サワー・イン・ザ・クック」と呼ぶ手法をとっている。つまり前回のマッシュを、酵母が投入される前段階の糖化槽(クック)に投入するのである。このマッシュの投入量をわずか6%ほどに抑えることで、発酵可能な糖分を十分に残しておくという考え方もユニークだ。 ウッドフォードリザーブの発酵槽は木製である。ジョージア州南部で何百年も塩水に浸かっていた杉の丸太を使用したものだという。かつては4槽だったが、2年前に新しく2槽を追加した。木製の発酵槽を使うとスピリッツにどんな影響があるのだろうか。モリス氏は「よくわからないけど、木製のほうが見映えはいいでしょ」と肩をすくめる。ウッドフォードリザーブのバーボンに使用される酵母の種類は1株だけだという。 「ブラウン・フォーマンの研究室でいちばん古い、オールドフォレスターの酵母株をもとにしています。20,000世代以上にわたって微生物学的な変異を繰り返しながら、大切に受け継いできたのがウッドフォードリザーブの酵母。3ヶ月ごとに新しいバッチが届いて培養されます」 3基のポットスチルが置かれた蒸溜棟は、ケンタッキーでも特にユニークな光景だ。ビアウェルには発酵槽2槽分の「ビア」(ウォッシュ)が入る。固形物を含めたすべてのビアを第1のスチル(ビアスチル)に投入。ここでビアは蒸溜されてアルコール度数約40%の「ローワイン」となり、第2のスチル(ハイワインスチル)でさらに蒸溜される。この2回めの蒸溜で、アルコール度数は約55%まで上がる。カットから漏れた蒸留液はヘッドやテールと呼ばれれ、再びビアスチルに戻される。ハートと呼ばれる有効な再溜液だけが、第3のスチル(スピリットスチル)で最後の蒸溜に入るのだ。この第3の蒸溜によってアルコール度数は78%に。つまりバーボンに許された法的上限の80%ぎりぎりだ。ここでもヘッドやテールはビアスチルに戻され、ハートだけが大切に取り出される。 この3基のスチルは、スコットランドのフォーサイス社製である。この歴史ある建造物のなかに設置する際、スチルの屋根の開口部を少し切り取らなければならなかった。設置から数年後、フォーサイス社の現社長であるリチャード・フォーサイス氏が蒸溜所を訪れたとき、スチルの手入れを怠っていたモリス氏は内心でひやひやしていた。だが予想に反して「ピカピカに磨かれていないところがいいね」と叫んだフォーサイス氏に、モリス氏は嬉しい驚きを覚えたのだという。 日本でおこなったインタビューでも、クリス・モリス氏はウッドフォードリザーブの熟成に対するアプローチについて詳しく教えてくれた。なるべく低い度数で樽入れする利点や、チャー(焼き)を施す前の樽材を深くトーストする工夫についてである。今回、案内してもらったのは「貯蔵庫C」。モリス氏の説明によると、貯蔵庫では樽内のエステル化を促進するために熱循環を利用しているのだという。 「一番下の段のバレルについている温度計が30°Cを示したら、ヒーターで貯蔵庫全体を加熱してスピリッツの温度も30°Cまで上げます。そしてヒーターを切って外の冷気を入れ、ゆっくり冷ますのです。これを年に5〜6回。コストはかかりますよ。暖房代だけでなく、天使の分け前も5〜6%と通常の倍になります。でも幸いなことに、蒸発するのはアルコールではなく水分がほとんどなんです」 貯蔵庫のスペース確保が目下の課題だ。ここ数年間、ウッドフォードリザーブは貯蔵スペースが手狭になったため、樽詰めしたスピリッツをルイビルのブラウン・フォーマン蒸溜所まで輸送してきた。蒸溜所の近くでは165,000本のバレルを収納する新しい貯蔵庫を建設中で、完成すればルイビルの樽もそこに呼び戻して貯蔵することになる。古い貯蔵庫をモダンに改装した貯蔵庫で、同じウッドフォード郡にありながら蒸溜所からは少し離れているという。緊急時にすべてのストックを失わないための配慮かもしれない。 面目躍如のユニークな樽熟成 貯蔵庫Cでは、面白い実験が進行中だ。そのひとつが、大きなコニャックXO樽でのフィニッシュ。他にも「チンカピン」と記されたカスクがあった。チンカピンはアメリカ中西部にある栗の木で、土着のオーク材の一種である。「マスターズコレクション用に熟成で使用している、甘みの強いオーク材です」とモリス氏は説明する。 ウッドフォードリザーブの商品をテイスティングしながら、モリス氏の説明を聞く。スタンダード製品に加え、オリジナルのウッドフォードリザーブに変化を加えた表現も試しているのだという。 「ライウイスキーは、オリジナルのウッドフォードリザーブでも感じられるスパイスをさらにクローズアップしたウイスキー。とても古いレシピでつくられており、ストレートで飲むのがおすすめです。販売網はまだ全米50州を網羅しておらず、ヨーロッパには少し出荷しましたが日本はまだです。『ダブルオーク』は、オリジナルのウッドフォードリザーブが持つ樽由来の力強いトースト香にフォーカスしたもの。リッチで甘いウイスキーに仕上げています。1年にわたって後熟を加えますが、そこで使用されるのは通常の4倍の時間をかけてゆっくりトーストしたバレルです。また『ストレートモルトウイスキー』と『ストレートウィートウイスキー』は、共にコーンとライも使用していますが、それぞれ特定のフレーバーを強調することでオリジナルのウッドフォードリザーブに変化をもたらしているのです」 そしてさらには、マスターコレクションやディスティラーズセレクトのような限定エディションもある。 「このシリーズは、ちょうど年に一度遊びに来る家族のような存在ですね。以前はかなり大胆なものもつくりましたが、現在のリミテッドエディションはスタンダード製品にひとつだけ変化を加えたものばかりです」 第11回目のマスターズコレクションは、2016年11月にリリースされた。途中まではスタンダードなウッドフォードリザーブと同じ工程だが、最後に24年使用されたアメリカンブランデーの古樽で2年間後熟する。オリジナルのウッドフォードリザーブにも感じられるリッチなドライフルーツやナッツの風味を際立たせた「ウッドフォードリザーブ ブランデーカスクフィニッシュ」だ。 「もう一人の家族である『ディスティラーズセレクト』は、不定期にリリースされる蒸溜所限定品。発売後すぐに売り切れてしまいます。第4回のリリースは『ファイブモルト』でした。クラフトビールの逆手を取ったエンジニアリングです。近年はウイスキーの古樽で熟成されるビールがたくさんありますが、ビールが樽熟成を経ると多くの場合はビールの世界を抜け出してウイスキーの世界に近くなるもの。私がやりたかったのはそれを逆行させ、ビールみたいな味のするウイスキーをつくってみようという実験なのです」 ウッドフォードリザーブのチームは、オールモルトのレシピを採用し、 通常はビール造りに使用される製麦済みのモルトを使用した。ダブルオークバレルの古樽で6ヶ月寝かせるだけなので、モルト風味が木の成分に圧倒されることはない。色はとても明るいが、スタウトやポーターを思わせるようなコーヒー風味のフィニッシュがある。そんな非常に珍しいウイスキーができあがった。 クリス・モリス氏のチームは、他にもたくさんのエキサイティングな計画を進行中だ。ただしどれもが、従来の方法をひとつだけ変更した実験なのだという。 「変えるのは、いつもひとつの要素だけ。シンプルな状態に留めておくのが好きなんです。人生でも、最良のものごとはみなシンプルですからね」
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人気の新興アメリカンウイスキー蒸溜所を訪ねよう
クラフト蒸溜所ブームが続き、蒸溜所の総数が1,000軒に届きそうなアメリカ国内。有名な「バーボントレイル」以外にも、充実したビジター施設を誇る蒸溜所はたくさんある。ライザ・ワイスタックが、ケンタッキー州外から注目のスポット8箇所を厳選してご紹介。 文:ライザ・ワイスタック フィラデルフィア・ディスティリング(ペンシルベニア州フィラデルフィア) 2005年創業のフィラデルフィア・ディステリングは、2016年10月に人気のフィッシュタウン地域へと本拠地を移転したばかりだ。45年も放置されていた築100年以上前のビルを改装し、真新しい蒸溜所設備の周囲にはバーや屋外の休憩スペースを設置。蒸溜所機能は、まさにステージのようなセットの中心部にある。バーの背後には高さ3.5メートルの窓が6つあり、バーテンダーの肩越しに蒸溜所の設備が見えるのが面白い。真新しい2,500Lの銅製ポットスチル、創設時からある1,500Lのポットスチル、新品のコラムスチルという顔ぶれだ。ここでで生産される「ブルーコートバレルリザーブジン」は、ウイスキーファンにもおすすめの銘柄。グレーンを粉砕し、発酵し、蒸溜し、ボトリングする工場内の様子を、バーや屋外のテーブルからドリンクやガストロパブ風のスナックを味わいながら眺められる。 www.philadelphiadistilling.com ニューヨーク・ディスティリング・カンパニー(ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区) ブルックリンでも最高にヒップな倉庫街として有名なウィリアムズバーグ。この町にあるニューヨーク・ディスティリングのツアーは、予想を裏切る驚きの連続である。蒸溜所の呼び物のひとつは、大きな窓付きの壁で仕切られたレンガ造りのバー「シャンティ」。スタイリッシュな店内は、カクテルを愛好する来客たちで毎晩遅くまで賑わっている。クラシックなカクテルを中心にしたドリンクのラインナップは、ここニューヨーク・ディスティリングでつくられたスピリッツがベース。ストレートライウイスキー「ラグタイムライ」や、ウイスキーとロックキャンディーからつくる古風な製品「ミスターキャッツロックアンドライ」などが、ブルックリンでも人気の銘柄である。 www.nydistilling.com セントオーガスティン蒸溜所(フロリダ州セントオーガスティン) フロリダのセントオーガスティン蒸溜所は、1日あたり何百人もの旅行者が訪れる名所である。というのも、街中の主要な見どころを回る乗り降り自由の観光トローリーバスが、蒸溜所の目の前を通っているのだ。昨年の訪問者は約12万3千人。蒸溜所のツアーに参加すれば、ジン、ポットスチル蒸溜のラム、ウォッカ、カクテルなどがテイスティングルームで味わえる。2016年秋からは新商品「セントオーガスティンズ・ダブルカスクバーボン」も登場。湿度の高い気候で熟成された独特の効果が味わえるウイスキーだ。1917年に建てられた製氷工場を改装し、2014年に創業したこの蒸溜所。古きフロリダの面影を残すビンテージスペースは、バーのロケーションにもぴったりだ。蒸溜所内に併設された風格あるバー「アイスプラントバー」の経営は別途だが、蒸溜所で生産されるさまざまなスピリッツを提供している。 http://staugustinedistillery.com ブラックダート蒸溜所(ニューヨーク州ワーウィック) マンハッタンから約1時間で行けるニューヨーク州ワーウィック。ブラックダート蒸溜所の生産拠点は2箇所に分かれている。第1の施設は、2002年に創設されたワイナリー兼蒸溜所。居心地のよいカフェ、屋内と屋外のテイスティングバー、屋外のグリルスペース、秋のリンゴ狩りなどが呼び物である。10年遅れて創設された第2の施設は、そこから数キロ離れた場所にある。生産量も増大させたブラックダートは、地元産スピリッツのファン層を州内で拡大中だ。2016年9月には約30キロ離れたウッドベリーコモンに新しくテイスティングルーム&ショップ「ブラックダートバーボンバーン」をオープン。ウッドベリーコモンは、ハイエンドのアウトレットを集めた人気の巨大ショッピングゾーンだ。気候が良い季節には、買い物客がてら屋外の席でブラックダートのカクテル、ビール、チーズ、地元農家の作物を使用した料理などが楽しめる。 http://blackdirtdistillery.com オールスモーキー蒸溜所(テネシー州ガトリンバーグ) グレートスモーキー山脈国立公園への表玄関にもほど近いガトリンバーグ。大自然に憧れる旅行者が、年間約1,000万台の車で国立公園へのゲートをくぐっていく。13種類のムーンシャインを生産するオールスモーキー蒸溜所も、そんな大勢の旅行者を余裕で受け入れる施設が自慢だ。訪問者数は年間250万人で、ジムビームの倍以上を誇る。ザ・ハラーの異名をとる蒸溜所は、地元テネシー流のマウンテンキャビン様式で建てられたU字型の建物が印象的。オープンスペースにはステージが設営され、何列もの椅子が並んでいる。ここで毎日ブルーグラスのショーが開催されるのだ。蒸溜所設備はステージに向かって右側、テイスティングルームと広いショップは左側にある。 http://olesmoky.com ウッディンビル・ウイスキー・カンパニー(ワシントン州ウッディンビル) 2010年、シアトル郊外のレーニア山を見晴らす素晴らしいロケーションに創設されたウッディンビル・ウイスキー。オープン直後より、蒸溜所には大勢の訪問客が押し寄せた。ここから半径8キロ以内には100軒以上のワイナリーがあり、クラフトビール醸造所の老舗であるレッドフックにもほど近い。このワシントン州の一角がドリンカーあこがれの場所ということもあり、ウッドビルの共同オーナーであるオーリン・ソレンセンは土地の伝統を活かそうと考えた。70年の歴史がある居酒屋「ハリウッド・タヴァーン」を再建し、蒸溜所見学とテイスティングを終えた訪問客に伝統的な西海岸北部の名物料理を提供しているのもそんな戦略の一環だ。この居酒屋は2013年に開業し、食事の他にウイスキーのテイスティングセットやカクテルも提供している。蒸溜所の商品はバーのドリンクだけでなく、バーベキューソースやミルクセーキなどの隠し味にもなっている。 www.woodinvillewhiskeyco.com キングズカウンティ蒸溜所(ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区) ニューヨークシティでも指折りの歴史を持つ「ブルックリン海軍工廠」界隈。キングズカウンティ蒸溜所は、このクリエイティブなビジネス地域のなかにある。上階の「ブージアム」は、こんな地域にぴったりの博物館。禁酒法時代のスチル、新聞記事の切り抜き、禁酒法以降のニューヨークで初めてつくられたウイスキーとなる当蒸溜所の商品など、ニューヨーク州における蒸溜酒づくりの歴史が展示されている。蒸溜所から少し歩いたところにはニューヨークの工業史跡ともいえる2軒の守衛詰所があり、このうち1軒がアンティークでシックなテイスティングルームや訪問者および従業員用のバーに改装されている。キングズカウンティのウイスキーは、ストレートまたはカクテルで販売。ブルックリンでは他の地元ビジネスとのコラボが盛んだが、ここでもアイスクリーム店「ピープルズポップ」をオーダーし、ウイスキーのチェイサーにするのがユニークな楽しみ方である。 http://kingscountydistillery.com ハイウエスト蒸溜所&サルーン(ユタ州パークシティ) ウイスキー好きのスキーヤーには朗報だ。パークシティのダウンタウンにあるハイウエスト蒸溜所は、スキーを履いたままでも楽しめそうなスポット。パブと蒸溜所を合体させた「ガストロ・ディスティラリー」にはスキーが常備されており、冬になると訪問客はサルーン(西部開拓時代の居酒屋)までスキーを滑らせ、屋外の焚き火で暖を取りながら蒸溜所のウイスキードリンクを味わうことができる。豊富なバリエーションを誇るハイウエストだが、限定エディションのバーボン「イピカイエー」は特に要チェック。サルーンは1904年頃の建築物で、訪ねるだけでも古きよきアメリカ西部を感じられる楽しみがあるだろう。食事には美味しいバーガーやシーフードがおすすめだ。ちなみに第2蒸溜所は町から25分ほど郊外に離れている。 www.highwest.com
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アイラ島を旅する【前半/全2回】
スコットランドの洋上に浮かぶインナー・ヘブリディーズ諸島。その最南部にあるアイラ島は、日本のウイスキーファンにとっても憧れの地だ。島内をめぐるモデルコースを、ローラ・フォスターがご案内する2回シリーズ。 文:ローラ・フォスター 美しい自然の宝庫といわれるスコットランドにあって、ヘブリディーズ諸島はまさに王冠に飾られた宝石。とりわけウイスキーファンにとって、アイラ島は最高の魅力を満載したヘブリディーズ諸島の女王である。 ワールドクラスのウイスキーを別にすれば、アイラ島の地形には他の島ほどの特徴もない。スカイ島の雄大なキュイリン山や、カリブ海を思わせるハリス島の白砂などのような名所は皆無だ。それでもこの島には、静かな美しさがある。約600平方キロの大地に広がるなだらかな丘や、風が吹き抜ける黄金色のビーチ。美しいインダール湾のなかからは、ポートシャーロットとブルイックラディの対岸に幻想的なボウモア蒸溜所の姿が望める。 ここには何時間でも座って眺めていられるような、広々とした雄弁な風景がある。大西洋の風で目まぐるしく変化する天気にも飽きることはないだろう。ゆったりとした時間を過ごすなら、晴れた日を選んで、ボウモアホテルのそばの海岸に出るのがいい。もちろん手にはボウモアが誇る700種類ものウイスキーから、とっておきのものを選んで。 だがひとたび嵐が来ると、まさにアイラモルトのような荒々しい体験が待っているのもアイラ島の真実だ。叩きつけるような雨や、うねる波もまたこの地の名物である。 天気を完全に予測することはできないが、あたたかな歓迎はいつでも保証されている。せわしない日常生活から抜け出し、ピートの効いた美味しいウイスキーをゆったり楽しむ時間なら、ここに来れば無尽蔵にある。 アイラ島はこじんまりとした島なので、しっかりと計画さえ立てれば数日間ですべての蒸溜所を回れる。ウイスキー以外にも、さまざまな素晴らしい体験が待っている。 さっそく蒸溜所めぐりへ 蒸溜所訪問が主目的である読者のみなさまには、蒸溜所ツアーを確実に事前予約しておくことをおすすめする。特に繁忙期は予約が取りにくくなる。また夏季と冬季では営業時間が異なるので要注意だ。 アイラ南岸の3巨頭であるアードベッグ、ラフロイグ、ラガヴーリンをカバーするには、最低2日間が必要だと考えておこう。ラフロイグに1日、アードベッグとラガヴーリンに1日という配分だ。 世界でもっとも素晴らしい蒸溜所体験のひとつが、ラフロイグの「ウォーター・トゥ・ウイスキー」ツアーである。自分でフロアモルティングを体験して、キルンを点検する。キルンのなかに足を踏み入れ、足下のゲートからピートの煙が立ち上がってくるのを眺めた経験は忘れられない。水源までのピクニックに出かけ、湿地帯でピートを掘り出そうとして失敗し(見かけほど容易ではない)、貯蔵庫のカスクからサンプルボトルにウイスキーを詰める。蒸溜所を出る頃にはほろ酔いで、知的感動に満ちた1日に大満足していることだろう。 2日目は、朝の9時半に始まるラガヴーリンの蒸溜所ツアーに参加して、10時半に貯蔵庫でおこなわれるデモンストレーションに間に合わせよう。ラガヴーリンの生ける伝説であるイアン・マッカーサー氏が、古い原酒のサンプルを次々とカスクから取り出して、熟成の効果について解説する講義が見られるかもしれない。 ラガヴーリンからは、3つの蒸溜所を結ぶ景色のよい小道を通って、1マイルほど先のアードベッグまで歩いていく。 アードベッグはアイラ島でいちばんハンサムな蒸溜所だ。居心地のよい「オールド・キルン・カフェ」 は、ランチ休憩にぴったりのスポット。食事が済んだら、アードベッグでいちばん詳しく技術面について学べるツアー「ウイスキー解剖(Deconstructing the Dram)」に参加しよう。クライマックスは、第3貯蔵庫でおこなわれるテイスティングだ。 そしてもし可能なら、アードベッグ蒸溜所の敷地内にある「シービュー・コテージ」に宿泊していただきたい。ミッキー・ヘッズ蒸溜所長の自宅に隣接したスタイリッシュなコテージからは、素晴らしい海景が眺められる。徒歩圏内の岬からは、アードベッグ蒸溜所の見事な写真が撮れるだろう。ウイスキーを片手に岬を目指して夕陽を待っていると、最後の訪問客が帰ってウサギたちがのびのびと敷地を跳ね回る。蒸溜所に静寂が訪れるひとときは、深い満足感に包まれるはずだ。 こんな魔法のような場所から、一時たりとも離れたくない。そんなときにぴったりなシーフードのデリバリーが「ブー」と「イシュベル」だ。獲れたてのロブスター、クルマエビ、ホタテ、カニなどが選べるので、前日までに予約しておこう。 時間があるのなら、近くにある歴史遺産「キルダルトンクロス」に足を延ばしてもいい。ムードたっぷりの屋根がない教区教会のなかに、9世紀のケルト式十字架が立っている。ここの駐車場の無人販売ボックスに、ポット入りのお茶とケーキが残っていることがある。レモンドリズルケーキのスライスをかじりながら、複雑に削られた十字架と中世の墓地を見学するのも一興である。 (つづく)
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アイラ島を旅する【後半/全2回】
ウイスキーを味わいながらアイラ島をめぐる旅も後半へ。個性的な蒸溜所訪問のかたわら、美しい海岸やひなびた村を訪ねれば、そこにはゆったりとしたアイラ時間が流れている。 文:ローラ・フォスター アイラ島の3日目は、その後の動きやすさを考えてボウモアに拠点を移動する。ここはアイラの中心地で、住民は約1,000人。他の村に比べたら都会のような賑わいだ。 宿泊するのは、2014年にボウモア蒸溜所が経営権を取得し、最近まで改修工事が続いていた「ハーバーイン」。このホテルのレストランはアイラにしては値が張るほうだが、ステーキや魚料理などクラシックなブラッスリー風の食事が素晴らしい。 このホテルから通りを渡ってすぐの場所にあるボウモア蒸溜所で、朝9時45分から始まる「クラフトマンズツアー」に参加してみよう。クライマックスは、第1貯蔵庫にあるカスクから直接取り出した2種類のウイスキーのテイスティングである。 ここから車で、アイラ・ハウス・クエアを目指す。地元のショップやギャラリーを営む家々が建ち並んだ場所で、アイラ島が誇るビール醸造所「アイラエールズ」もここにある。お土産を買って海岸線を進めば、道路脇にペンキを塗った樽が置かれたブルイックラディ蒸溜所に辿り着く。 ブルイックラディ蒸溜所ではツアーに参加して、スチームパンク式のマッシュタンなど、ビクトリア朝時代から受け継がれた素晴らしく古風な設備を眺めてみよう。ビジター用のショップには2本のカスクとバリンチがあり、訪問客が自分用のボトルを詰めることができる。 車に戻り、ポートシャーロットの灯台を横目にポートナハーブンへ。半島の突端にある静かな小さい集落だ。港の岩によじ登ると、海の上に顔を突き出す愛嬌たっぷりなアザラシの一族に会えるかもしれない。 小さなパブ「アンティシェンエ」で1杯やろう。友達の家で飲んでいるようなくつろぎに満たされ、夕食のために来た道を戻る。春から夏にかけての水曜日か日曜日なら、ポートシャーロットホテルのバーをあらかじめ予約しておくのがいい。週に2回の伝統音楽がライブで楽しめるとあって、いつも満席の賑わいになる。 ロッホインダールホテルも、1日おきぐらいに行きたい場所。滴るようなガーリックバターで味付けした大皿のシーフードセットが名物だ。 4日間ですべての蒸留所を訪問 翌日、二日酔いの頭痛に悩まされたていたら、西海岸のマシャー湾を目指すのがいい。吹き抜ける潮風で身も心もスッキリするはずだ。全長2キロにわたる金色の砂浜を歩いて酔いを覚ましたら、島でいちばん小さなキルホーマン蒸溜所に立ち寄ろう。 キルホーマンは、何から何まで蒸溜所内でやってしまうファームディスティラリーである。スタッフが実際にフロアモルティングで製麦している様子も眺められるはずだ。 カフェで早めにランチを済ませたら、目指すは島の北東部にあるカリラとブナハーブン。カリラ蒸溜所自体がさほど魅力的な眺めではないにしても、アイラ海峡(ゲール語でカリラ)越しに見えるジュラ島の乳房のような山「パプス・オブ・ジュラ」の眺めは素晴らしい。カリラはアイラ島最大の蒸溜所なのでやや工業的な印象もあるが、ファンなら訪ねる価値はある。午後2時から始まる「プレミアムテイスティングツアー」に参加しよう。最後には古い樽工房エリアで5種類のウイスキーがテイスティングできる。 最後の目的地には、とっておきのご褒美が待っている。ブナハーブン蒸溜所で「マネジャーズツアー」に参加すれば、蒸溜所長のアンドリュー・ブラウン氏から27年に及ぶ蒸溜所での逸話を直接聞けるだろう。事前に蒸溜所に問い合わせ、アイラ滞在中にツアーに参加できるか確かめておこう。ブラウン氏は通常2名以上からツアーを実施し、特別なウイスキーのテイスティングも用意している。 4日間に予定をぎっしり詰め込めば、アイラ島で稼働するすべての蒸溜所を訪ねられる。見どころもひと通り体験し、間違いなくスーツケースはボトルでいっぱいになっているだろう。だが可能ならば、もう少しアイラ島に留まって他の場所も回ってほしい。 ポートシャーロットにあるミュージアム・オブ・アイラ・ライフや、ポートアスケイグにも近いフィンラガン湖を訪ねるのもいい。美しい場所と出会うことで旅のペースも自然にゆったりとなり、地元の人々の生活リズムを感じられるのも旅の醍醐味。本物のアイラ時間を味わえるのはそこからだ。
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オーストラリア産ウイスキーの基礎知識【前半/全2回】
ワインの世界ではニューワールドの台頭が著しいが、ウイスキーでも5大産地以外から優れたブランドが次々に登場している。日本ではまだあまり知られていないオーストラリアのウイスキーについて、同国のウイスキー業界に精通したクリス・ミドルトンが解説する2回シリーズ。 文:クリス・ミドルトン オーストラリアは世界第6位の国土を持つ国で、人口の6割が海岸沿いの5都市に集中している。熱帯のジャングル、砂漠、雪を頂いた山々があり、干ばつもあれば洪水もある。サトウキビ農園やワイン畑も、伝統的な麦畑と同様に豊富だ。このような多様性が、オーストラリアのウイスキーの特徴を端的に表している。際立ったバラエティこそが、オーストラリアンウイスキーの魅力である。 そもそもビールが大好きなオーストラリア人は、ウイスキーとのつながりも深い。過去130年、オーストラリアは1人あたりのウイスキー消費量で世界一だった。現在もオーストラリアで一番人気のスピリッツはウイスキーであり、全スピリッツ消費量のほぼ半分を占めている。 1940年後半には、ウイスキー消費量の85%が国産ウイスキーだった。それが1960年ではブレンデッドスコッチが80%になり、現在はバーボンが60%にまで躍進している。国産のウイスキーブランドは、売り上げ全体のわずか0.2%までに減少してしまった。 国産ウイスキーが衰退した要因は2つ。高い値段と流通範囲の狭さである。1960年代以降、オーストラリアではRTDが人気を博してきた。ウイスキーをベースにした度数5%程度のソーダ類は年間約1,300万ケースを売り上げ、多くが缶や小瓶に入ったコーラ割りである。このRTDへの移行が、今日オーストラリアでつくられるウイスキーの多様性を説明するひとつの鍵になる。 オーストラリアの蒸溜酒業界 小規模蒸溜所ブームが始まった1990年代以来、約50社のメーカーがウイスキーを生産してきた。ウイスキー蒸溜所の定義についてはさまざまな見解があるだろう。数年に一度はシングルバッチのウイスキーを生産するのが、正真正銘のウイスキー蒸溜所だという意見もある。だがこの国の蒸溜所はみな小規模で、生産量も安定していない。これも予算に限りのあるオーストラリアンウイスキーの特徴だ。 オーストラリアのウイスキーブランド10傑 ヘリヤーズ・ロード(モルト) スターワード(モルト) サリヴァンズ・コーヴ(モルト) ライムバーナーズ(モルト) ラーク(モルト) ナント(モルト) オーフレイム(モルト) タイガー・スネーク(サワーマッシュ) ベルグローブ(ライ) スミス・アンガストン(モルト) 小規模蒸溜所による現代のウイスキーづくりは、1992年にタスマニアで始まった(サリヴァンズ・コーヴとスモール・コンサーン)。その後、本土のオーストラリア大陸でも雨後の筍のように新しい蒸溜所が各地で誕生した(1997年のスミス、1999年のベーカリー・ヒル)。現在、オーストラリアの蒸溜所の3分の2以上が本土にある。 2015年の実績を見ると、48社の蒸溜所から約40万Lのウイスキーが生産されている。生産量の内訳は、上位4社が全体の50%以上。売り上げの上位24社を比較しても、同様の傾向がうかがえる。トップ4が総売上の3分の2以上を占めているのだ。しかしウイスキー関連のアワードとなると顔ぶれは多彩だ。サリヴァンズ・コーヴ、ラーク、ナント、スターワード、ティンブーン、ライムバーナーズ、ヘリヤーズ・ロードにはすべて輝かしい受賞歴がある。業界としては小規模でも、注目に値する上質なウイスキーは各所でつくられている。 このようにたくさんのウイスキーメーカーが成功を収めた理由は何なのだろう。オーストラリアンウイスキーに特有なスタイルを定義することはできるのだろうか。 オーストラリアンウイスキーとは何か スコットランド、アイルランド、日本では、モルトウイスキーとグレーンウイスキーがつくられている。アメリカはバーボンとライが中心だ。ここオーストラリアでは、上記のすべてがつくられている。それ加えて、この国ならではの要素が盛り込まれることで多彩なフレーバーが生まれる。 現在のところ90%以上がモルトウイスキーであるが、これも急速に変化している。ここ数年で12社以上のモルトウイスキー蒸溜所が他の穀物原料やマッシュビルへと鞍替えをした。特に西オーストラリア州の蒸溜所は、ライ、コーン、小麦、バーボン流のマッシュビルへと大胆に変化を遂げている。バーボンという呼称はアメリカ産のみに許される地理的表示なので、オーストラリアでは「アメリカンスタイルスピリッツ」や「サワーマッシュウイスキー」などと呼ばれるジャンルだ。 生産するスピリッツの種類が豊富なのも、オーストラリアの蒸溜所の特徴だ。ウイスキー蒸溜所の多くが、他のスピリッツを並行して生産している。ジン、ウォッカ、シュナップス、リキュールなどのホワイトスピリッツをつくることで、スタートアップの期間や直販におけるキャッシュフローを楽にしてくれるからだ。 オーストラリアのウイスキーは、それぞれどのようにしてフレーバーのニュアンスを組み立てているのだろう。後半では、原材料や生産工程を解読することで理解を深めてみたい。 (つづく)
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オーストラリア産ウイスキーの基礎知識【後半/全2回】
広大なオーストラリアでつくられるウイスキーは、そのスタイルも極めてバラエティが豊かだ。ウイスキーのコンサルタントやライターとして活動し、オーストラリア最大級の蒸溜所でディレクターを務めるクリス・ミドルトンが詳細に解説する。 文:クリス・ミドルトン 穀物原料について オーストラリアンウイスキーの85%は国産の大麦を使用している。その次にポピュラーな穀物はライ、さらにコーン、小麦と続き、さらにはキノア、オート麦、糖蜜を使用した実験的なウイスキーもある。 1903年以来、オーストラリアではさまざまな品種の大麦が開発されてきた。産業界の研究開発によって、国内の多様な耕作条件や製麦技術に適合した品種も生まれている。品種改良の主な目的は、オーストラリアとアジアのビール業界に原料を提供すること。人気種のスクーナー、ガードナー、コマンダーなどが、それぞれの地域や生育条件にあわせて栽培されており、何十種もの新種が現在も開発中である。このような交雑育種は、アミノ酸、糖質、微量栄養素の構成にさまざまなバリエーションを生み出す。さらにビール向けの軽いモルティングの効果や、酵母菌株や発酵技術の違い、オーストラリア特有のウォッシュなどの要件も加わって、ウイスキーには多彩な個性が生まれることになる。 自前の穀物を栽培して製麦する蒸溜所もいくつかある。ベグローブはライ麦で、レッドランズ・エステートとナントは大麦でこの原則に従っている。ピート香を表現するために、スコットランドのベアードやポートエレンから大麦を輸入している蒸溜所もわずかにある(ヘリヤーズ・ロード)。オーストラリア産のピートも使用されており、タスマニア産ピート(ラーク)、西オーストラリア州の湿地帯で採れるピート(ラインバーナーズ)、さらにはオーストラリア南部のユーカリ材などでスモークした穀物を使用する蒸溜所もある(イニクイティ)。コーンのみを使用するブランド(レイモンドB)、ライのみのブランド(アーチー・ローズ)、アメリカ流のマッシュビルを使用するブランド(タイガー・スネーク)もバリエーションを広げてくれる。 酵母について 酵母のバリエーションは豊富だ。ワイン酵母、エール酵母、ピルスナー酵母、そして発酵を促進するウイスキー酵母も併用される。外部のビール醸造所からウォッシュを入手している蒸溜所も6社ある。そんなことで手づくりを名乗る資格があるのかと議論したがるウイスキーマニアもいるだろう。だがここは文字通り「蒸溜所」であって、製麦所、醸造所、樽工房を意味しない。樽を自前で製作する蒸溜所は少数だし、イギリスでつくられるウイスキーの原料も中東に起源がある大麦や酵母を使用している。スチルの原料である銅だってチリやメキシコやインドネシアが起源だし、オークはアメリカとヨーロッパのものではないか。ウイスキーづくりにおいて、純粋主義にはおのずから限界がある。 蒸溜設備について 3分の2以上の蒸溜器が、オーストラリア国内のエンジニアリング企業や溶接工場などで製造されている。それ以外はイングランド、ドイツ、チェコ、スペイン、イタリア、ポルトガル、中国からの輸入品だ。ここにスコットランドとアメリカが含まれていないのは意外である。 スチルの形状やデザインはさまざまだ。イベリアンアランビック、シャラントやグラッパを蒸留するスチル、オーストラリアンブランデーのスチル、ダブラー、ポットレクティファイングコラム、それに伝統的なスコットランド風の形状をしたスチルである。 スミスで使用されている古いブランデースチルを除けば、各蒸溜所のスチルには2つの共通点がある。それは小容量であることと、ずんぐりした形状であることだ。スコットランドの蒸溜所に比べて蒸溜のスピードは緩慢で、カットはタイトであることが多いため、アルコール収率は3分の1ほど少ない。3社を除いて、ウォッシュスチルの容量は1,800L以下である。体積は小さくネックは短めで、ラインアームはほとんどが下向き。コンデンサーはシェル&チューブ型で、フレーバーに影響を与える屈曲点が多い。このような特徴から、外国人はよくオーストラリアの蒸溜液をオイリーで豊満な味と評している。 大半の蒸溜所はウォッシュスチルとスピリッツスチルの組み合わせだが、3回蒸溜を採用したり(シーン・エステート)、1基のスチルでまかなったり(ティンブーン)、ダブラーを使用したり(フーチェリー)する蒸溜所もある。フーチェリーは自前のコーンウイスキーをキンバリー産のマホガニー炭で精溜している唯一の蒸溜所でもある。ニューサウスウェールズ州では、シャルドネのワイン樽でパハレテウイスキーも生産されている(イーストビュー・エステート)。 熟成について あまり知られていない事実がある。オーストラリアのウイスキーには、熟成に使用する樽のサイズに関する規定がない。そもそもオークである必要もない。関連法が制定されたとき、オーストラリアの蒸溜所はさまざまな国産の硬材を使用していた。輸入の樽材はアメリカンオークと、かつてリトアニアのクライペダ港から出荷された「メーメル」と呼ばれるヨーロピアンオーク。樽職人たちはオーク樽の一部に地元産の硬材を組み込む実験も始めている。 タスマニアの蒸溜所は、より小さい樽(100L)を好んで使用する傾向にある。本土の蒸溜所は、オーストラリア産ワインに使用されるホグズヘッド(300L)を好む。小さな古樽は、ウイスキーに多大なフレーバーを授ける。特にトーニー(オーストラリアにおけるポートワイン)やアペラ(同じくシェリー)を何十年も熟成していた樽の影響力は顕著だ。このような秘密の樽は、徐々に数を減らしている。 活気のあるオーストラリアのワイン業界からは、バロッサのシラーズ(スターワード)、トーニー(サリヴァンズ・コーヴ)、アペラ(オーフレイム)、マスカット(ベーカリー・ヒル)、ピノノワール(ヘリヤーズ・ロード)などのワイン樽が供給される。気温が高く乾燥した地域でワイン貯蔵に使われたばかりのホグズヘッドは、リッチかつフルーティで刺激的なフレーバーを地元産のモルトスピリッツに注ぎ込むのだ。 気候も重大な条件である。オーストラリア大陸本土では、夏の気温が40度を超えて湿度も低い。そのためオーストラリアの連邦政府は、ウイスキーの最低熟成期間を、2年という短期間に定めた世界で初めての国である。高温の環境がウイスキーの熟成を加速するのは、ウイスキーづくりの経験者なら先刻承知のことだった。 職人について 他国のマイクロディスティラリーとも共通するが、オーストラリアでウイスキーづくりに乗り出す人々の多くは実経験に乏しい。つまりは試行錯誤の繰り返しである。過去に例のない実験や、風変わりともいえるアプローチもたくさんおこなわれてきた。偶然に生まれたものであれ、意図した結果であれ、この伝統の少なさが実験的で多彩なスタイルやフレーバーを生み出しているのは間違いない。 地元の原料、それぞれの手法、周囲の環境などが積み重なって、繊細な影響をウイスキーに授ける。オーストラリアのウイスキーは、この広い国土で生まれたがゆえに、それぞれが際立った個性を持っているのだ。 幸運にもオーストラリアンウイスキーに出会う機会があったなら、ひとつひとつがユニークな存在であることを心に留めておこう。それぞれが他のブランドとはまったく異なり、同じウイスキーはふたつとない。若々しいもの、力強いもの、優雅なもの、斬新なもの。オーストリアの国土のように雄大な個性のバラエティを楽しんでいただけたら幸いだ。
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小さな長濱蒸溜所の大きな夢【前半/全2回】
2016年11月、彗星のように現れた琵琶湖畔の長濱蒸溜所。日本でいちばん新しく、日本でいちばん小さな蒸溜所は、すでに本格的な稼働を開始している。設立の経緯から生産の詳細までを、ステファン・ヴァン・エイケンが現地からレポート。 文:ステファン・ヴァン・エイケン 2016年は、過去に前例がないほどたくさんのウイスキー蒸溜所が日本に誕生した年だった。少なくとも6カ所で、新しい蒸溜所が操業を開始している。そのなかでもっとも新しく日本のウイスキー地図に加わったのが長濱蒸溜所だ。滋賀県の琵琶湖に面した風光明媚な長浜市にあり、日本で最小規模の蒸溜所という触れ込みもある。だが長濱蒸溜所の特徴はサイズだけではない。雪の降る1月の朝、私はこの新しい蒸溜所へ向かった。最初のスピリッツを蒸溜した日から約2カ月。真新しい蒸溜所では、いったいどんなことがおこなわれているのだろうか。 長濱蒸溜所に関して驚きだったのは、設立までのスピードであった。ほとんどの会社は、計画を練ってから蒸溜所設備を現地に導入し、ようやく生産開始に漕ぎ着けるまでに何年もかかる。だが長濱蒸溜所はこれをわずか7カ月強でやってのけた。スピード開業を可能にした要因のひとつは、この蒸溜所建設がゼロからのスタートではなかったということである。 実のところ、長濱蒸溜所は長濱浪漫ビールの醸造蔵を拡張してできた施設だ。この醸造蔵は1996年に開業したブリューパブ、すなわちビール醸造工場とレストランをコンパクトに一体化させた工場直営飲食店の一部にある。ウイスキーづくりの前半工程にあたる仕込み(糖化)と発酵は、ビールづくりの設備を使用する。後半工程にあたる蒸溜のために、小さな蒸溜室がバーカウンターの背後に設けられた。ガラスで仕切られているだけなので、レストランにいけば誰でも蒸溜所を見学できるのが嬉しい。 蒸溜設備を見て、長濱蒸溜所がスコットランドの蒸溜所をお手本にしていることを見抜ける人はあまり多くないだろう。だが確かにここはスコットランドをモデルとした蒸溜所なのである。モデルになったのは、スコットランドの伝統を象徴する有名な蒸溜所ではなく、ニューウェイブの小規模蒸溜所だ。 2015年11月、長濱浪漫ビールは少人数のチームをスコットランドに派遣している。視察先にはストラスアーンとエデンミルも含まれていたが、そもそもの目的は品質を確認して日本への輸入を検討することだった。チームは蒸溜所で目にした設備から強い印象を受けたが、すぐさま長濱蒸溜所の設立を思い立ったわけではない。同様の設備を日本でも導入し、自前のウイスキー蒸溜所を設立しようと考え始めたのは、2016年4月に再びスコットランドを訪ねたときのことだという。 モデルはスコットランドの小規模蒸溜所 ストラスアーン蒸溜所は2013年10月にウイスキーづくりを開始した。当時のスコットランドで最小の蒸溜所だった。その後、スコットランドではあまりにたくさんの小規模蒸溜所が雨後の筍のように誕生したので、今でも最小といえるのかどうかはわからない。 ストラスアーンで使用されているポットスチルは小さく(初溜釜が1,000Lで再溜釜が500L)、スコットランドで一般的に使用されているタイプとは異なる。アランビック型のヘッドを備え、伝統的にカルバドス、コニャック、ピスコの蒸溜に使用されてきたタイプだ。ポルトガルのホーガ社が製造したスチルで、アメリカをはじめとする小規模な蒸溜所が好んで導入している。伝統的なポットスチルよりも安価で、注文からの納期も早い。 コットランドを代表するポットスチルメーカーのフォーサイス社は、予約リストに登録されてから3年間もの待ち時間がかかる。その点、ホーガ社なら注文のスチルを数カ月で納品してくれる。ストラスアーンのアプローチと設備に感銘を受け、自前のビール醸造所を拡張して蒸溜所を設立したのがエデンミルである。エデンミルも同様のアランビックのスチルをホーガ社に注文し、2014年11月にウイスキーづくりを開始している。エデンミルは、スコットランドで初めてビール醸造所とウイスキー蒸溜所を複合化したメーカーだ。 以上の事実を踏まえると、長濱浪漫ビールのチームがこれらの2つの蒸溜所を見学して影響を受けた理由は想像に難くない。国内外はジャパニーズウイスキーへのニーズが急速に高まっており、すでに長浜にはビール醸造所がある。それを拡張することで、ウイスキーの世界へも足を踏み出せるのである。 2016年6月、長濱浪漫ビールの醸造施設内にウイスキー蒸溜所を設置する作業が本格的に始まった。ストラスアーンとタイプもサイズも同じポットスチルのセットをホーガ社に注文。同時期に日本で進行中だった他の蒸溜所プロジェクトとは異なり、プロジェクト全体が内密に進められた。そのため11月1日にソーシャルメディアで流れてきた公式発表は、大きな驚きとともに迎えられたのである。そしてホーガ社のスチルは、11月10日に長浜に到着。最初の蒸溜は、その1週間後の11月16~17日におこなわれた。 (つづく)
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オーストラリア産ウイスキーの基礎知識【前半/全2回】
ワインの世界ではニューワールドの台頭が著しいが、ウイスキーでも5大産地以外から優れたブランドが次々に登場している。日本ではまだあまり知られていないオーストラリアのウイスキーについて、同国のウイスキー業界に精通したクリス・ミドルトンが解説する2回シリーズ。 文:クリス・ミドルトン オーストラリアは世界第6位の国土を持つ国で、人口の6割が海岸沿いの5都市に集中している。熱帯のジャングル、砂漠、雪を頂いた山々があり、干ばつもあれば洪水もある。サトウキビ農園やワイン畑も、伝統的な麦畑と同様に豊富だ。このような多様性が、オーストラリアのウイスキーの特徴を端的に表している。際立ったバラエティこそが、オーストラリアンウイスキーの魅力である。 そもそもビールが大好きなオーストラリア人は、ウイスキーとのつながりも深い。過去130年、オーストラリアは1人あたりのウイスキー消費量で世界一だった。現在もオーストラリアで一番人気のスピリッツはウイスキーであり、全スピリッツ消費量のほぼ半分を占めている。 1940年後半には、ウイスキー消費量の85%が国産ウイスキーだった。それが1960年ではブレンデッドスコッチが80%になり、現在はバーボンが60%にまで躍進している。国産のウイスキーブランドは、売り上げ全体のわずか0.2%までに減少してしまった。 国産ウイスキーが衰退した要因は2つ。高い値段と流通範囲の狭さである。1960年代以降、オーストラリアではRTDが人気を博してきた。ウイスキーをベースにした度数5%程度のソーダ類は年間約1,300万ケースを売り上げ、多くが缶や小瓶に入ったコーラ割りである。このRTDへの移行が、今日オーストラリアでつくられるウイスキーの多様性を説明するひとつの鍵になる。 オーストラリアの蒸溜酒業界 小規模蒸溜所ブームが始まった1990年代以来、約50社のメーカーがウイスキーを生産してきた。ウイスキー蒸溜所の定義についてはさまざまな見解があるだろう。数年に一度はシングルバッチのウイスキーを生産するのが、正真正銘のウイスキー蒸溜所だという意見もある。だがこの国の蒸溜所はみな小規模で、生産量も安定していない。これも予算に限りのあるオーストラリアンウイスキーの特徴だ。 オーストラリアのウイスキーブランド10傑 ヘリヤーズ・ロード(モルト) スターワード(モルト) サリヴァンズ・コーヴ(モルト) ライムバーナーズ(モルト) ラーク(モルト) ナント(モルト) オーフレイム(モルト) タイガー・スネーク(サワーマッシュ) ベルグローブ(ライ) スミス・アンガストン(モルト) 小規模蒸溜所による現代のウイスキーづくりは、1992年にタスマニアで始まった(サリヴァンズ・コーヴとスモール・コンサーン)。その後、本土のオーストラリア大陸でも雨後の筍のように新しい蒸溜所が各地で誕生した(1997年のスミス、1999年のベーカリー・ヒル)。現在、オーストラリアの蒸溜所の3分の2以上が本土にある。 2015年の実績を見ると、48社の蒸溜所から約40万Lのウイスキーが生産されている。生産量の内訳は、上位4社が全体の50%以上。売り上げの上位24社を比較しても、同様の傾向がうかがえる。トップ4が総売上の3分の2以上を占めているのだ。しかしウイスキー関連のアワードとなると顔ぶれは多彩だ。サリヴァンズ・コーヴ、ラーク、ナント、スターワード、ティンブーン、ライムバーナーズ、ヘリヤーズ・ロードにはすべて輝かしい受賞歴がある。業界としては小規模でも、注目に値する上質なウイスキーは各所でつくられている。 このようにたくさんのウイスキーメーカーが成功を収めた理由は何なのだろう。オーストラリアンウイスキーに特有なスタイルを定義することはできるのだろうか。 オーストラリアンウイスキーとは何か スコットランド、アイルランド、日本では、モルトウイスキーとグレーンウイスキーがつくられている。アメリカはバーボンとライが中心だ。ここオーストラリアでは、上記のすべてがつくられている。それ加えて、この国ならではの要素が盛り込まれることで多彩なフレーバーが生まれる。 現在のところ90%以上がモルトウイスキーであるが、これも急速に変化している。ここ数年で12社以上のモルトウイスキー蒸溜所が他の穀物原料やマッシュビルへと鞍替えをした。特に西オーストラリア州の蒸溜所は、ライ、コーン、小麦、バーボン流のマッシュビルへと大胆に変化を遂げている。バーボンという呼称はアメリカ産のみに許される地理的表示なので、オーストラリアでは「アメリカンスタイルスピリッツ」や「サワーマッシュウイスキー」などと呼ばれるジャンルだ。 生産するスピリッツの種類が豊富なのも、オーストラリアの蒸溜所の特徴だ。ウイスキー蒸溜所の多くが、他のスピリッツを並行して生産している。ジン、ウォッカ、シュナップス、リキュールなどのホワイトスピリッツをつくることで、スタートアップの期間や直販におけるキャッシュフローを楽にしてくれるからだ。 オーストラリアのウイスキーは、それぞれどのようにしてフレーバーのニュアンスを組み立てているのだろう。後半では、原材料や生産工程を解読することで理解を深めてみたい。 (つづく)
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ワールド・ウイスキー・アワード2017日本地区代表ウイスキー決定!
世界的なウイスキーのコンペティション「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)2017」の日本地区ラウンドが開催され、日本を代表する6銘柄のウイスキーが決定した。今回選ばれた銘柄は最終ラウンドで世界各地域の難関を通過したウイスキーたちと対決する。 文:WMJ 英国ウイスキーマガジン(パラグラフ・パブリッシング社)が開催する世界的なウイスキーのコンペティション「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)2017」の日本地区の第1ラウンド&第2ラウンドが行われた。 今回、日本地区のエントリー総数は39銘柄で、審査は昨年同様6つのカテゴリー(ブレンデッド、ブレンデッド リミテッドリリース、ブレンデッドモルト、グレーン、シングルカスクモルト、シングルモルト)に区分され行われた。第1ラウンドを通過したウイスキーは15銘柄とエントリー総数の半分以下に絞られ、続く第2ラウンドで6カテゴリーにおける日本を代表する6銘柄が決定した。 <審査の流れ> 審査は公平を期すためにブラインドテイスティングにて行われる。一般的に熟成年数の長いものが高評価を得ると考えられがちであるが、審査員は詳細を知らされず、純粋に全体のバランスから評価するため、必ずしも長期熟成のウイスキーが高評価を得るとは限らないのだ。 日本地区第1ラウンド 各カテゴリーに設けられたサブカテゴリー(ノーエイジ、12年以下、13~20年、21年以上の4部門。「グレーン」カテゴリーのみノーエイジ、熟成年数表示ありの2部門。)ごとに、最も優れた1銘柄が選出され、次の第2ラウンドへ。 日本地区第2ラウンド 第1ラウンドを勝ち進んだサブカテゴリーの勝者同士をカテゴリー内で競わせ、各カテゴリーを代表するウイスキーが決定し、日本代表として「ベストジャパニーズ」の称号が与えられ、最終ラウンドへ進む。 最終ラウンド 日本地区の第2ラウンドで選出された6銘柄はこの最終ラウンドで、世界各地域の難関を通過したウイスキーと凌ぎを削り、カテゴリーごとに世界を代表する1銘柄が決定され、「ワールドベスト」の栄冠を手にすることになる。 今回のWWA2017日本地区で「ベストジャパニーズ」の称号を勝ち取った銘柄及び、第1ラウンドで選出された銘柄は以下の通り。 ― ブレンデッド / Blended ― <ベストジャパニーズ・ブレンデッドウイスキー> ~Best Japanese Blended~ 『サントリーウイスキー響21年』 - サントリースピリッツ株式会社 <第1ラウンドの結果> サブカテゴリー / 商品名 / メーカー ノーエイジ / フロム・ザ・バレル / ニッカウヰスキー株式会社 12年以下 / ザ・ニッカ12年 / ニッカウヰスキー株式会社 13年~20年 / サントリーウイスキー響17年 / サントリースピリッツ株式会社 21年以上 / サントリーウイスキー響21年 / サントリースピリッツ株式会社 ― ブレンデッド リミテッドリリース / Blended Limited Release ― <ベストジャパニーズ・ブレンデッドウイスキー リミテッドリリース> ~Best Japanese Blended Limited Release~ 『富士山麓ブレンデッドウイスキー 18年 スモールバッチ』 - キリンビール株式会社 <第1ラウンドの結果> サブカテゴリー / 商品名 / メーカー ノーエイジ / エントリーなし [...]
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小さな長濱蒸溜所の大きな夢【後半/全2回】
コンパクトで合理的な設備と生産体制。熟成を待つ期間の消費者向けサービス。長濱蒸溜所のアプローチは大胆かつ堅実だ。多大な投資を必要とするウイスキーの生産を、マイクロディスティラリーがやりとげるための最新モデルがここにある。 文:ステファン・ヴァン・エイケン 長濱浪漫ビールおよび長濱蒸溜所の代表である清井崇氏が、施設内でウイスキーづくりのプロセスを説明してくれる。現在のところ、使用されている大麦は2種類。ノンピート(ドイツ産)と20ppmのミディアムピート(英国産)である。マッシュによって、ミディアムピートの大麦が少量だけノンピートに加えられ、軽いピート香を持つ原酒のバリエーションが得られる。この蒸溜所で蒸溜された最初のバッチがこの軽いピート香を持つスピリッツだった。今のところ、ピートタイプの生産シーズンが終わってからノンピートタイプの生産シーズンに入る予定である。 仕込み(糖化)は、ビール醸造用のマッシュタンとロイタータンを使用する。1回分のマッシュは400kgの大麦を使用し、そこから1,600Lのウォッシュができる。これを同じビルの2階にある6槽のステンレス製発酵槽のひとつ(容量2,000Lだが1,600Lまでしか入れない)に送る。この発酵槽もまた、もともとビール醸造の設備として保有していたものである。ウォッシュがポンプで発酵槽に送られると、ウイスキー酵母が投入される。発酵時間は約60時間だ。醸造所直営レストランは無休なので、週末の発酵だけが長時間になることもない(スタッフが週休5日制だとよくそういうことになる)。 発酵がひと通り終わると、出来上がったもろみはポンプで階下のスチルハウスに送られる。長濱蒸溜所では工程のひとつひとつが手作業だ。スタッフが実際にホースパイプを2階にある発酵槽の底につないで、1階にあるスピリットスチル(初溜釜)に垂らして手でつなげる。マッシュタンに残った麦芽の搾りかすを取り除くのも手作業だ。何事にも手がかかるアプローチである。レストランのスタッフが、このような作業に駆り出されることもある。搾りかすは近隣の農家が作物の肥料として利用し、その畑で穫れた野菜がいずれレストランのメニューに登場する。実に美しい循環である。 前回説明した通り、2基のポットスチルはアランビック型だ。大きめのヘッドを取り付けて還流を促し、よりすっきりとした風味のスピリッツを生み出す。初溜釜のサイズがわずか1,000Lであるため、発酵槽1つ分のもろみ(1,600L)を2つに分けて蒸溜する。午前中に800Lを蒸溜し、残りは午後に投入。容量500Lの再溜釜も同様で、初溜液を400Lずつ2回に分けて蒸溜する。ミドルカットは味覚で判断しており、スタッフ3名がこのカットを担当できる。ワンセットの蒸溜から、アルコール度数約68%のニューメイクが約100L取り出せる。 現在のところ、毎日のスケジュールは午前8時の糖化に始まる。それが終わると発酵槽に移し、2度めの糖化が午後5時頃にスタート。これを発酵槽に移すのは午後10時頃になる。マッシュ1回、発酵1回、蒸溜2回を通常の1日仕事(午前9時?午後5時)と考えれば、1日に2回のマッシュをおこなう方式は生産スピードが倍になる。ここがただの蒸溜所ではなく、ビール醸造所であることも考えると理にかなっているのだろう。つまりウイスキーづくりに関しては、1週間に6回のマッシュ(3日分の作業にあたる)がおこなわれ、6日分のもろみを蒸溜器へ送る。ウイスキー用の糖化がおこなわれない日は、ビール醸造の日である。こうすればビールとウイスキーが両立できるというわけだ。すべてが計画通りに進められるようになれば、週7回の無休サイクルで毎日蒸留器を稼働させることも検討中だ。 熟成途中のスピリッツを味わえるユニークなプログラム 樽入れに充分な量のニューメイクができると、加水して度数が59%まで下げられる。蒸溜所が稼働してまだ2カ月の間に、2,500Lのニューメイクができた。このニューメイクは、ミズナラのホグズヘッドとバーボンバレルに樽詰めされた。現在のところ、熟成の主力はバーボン樽になる予定である。すでに200本のバーボンバレルをヘブンヒルより購入済みなので、しばらくの間はこれらの樽を満たし続けることになるだろう。年間生産量は40,000Lを目標にしている。いずれは他の木材による熟成も導入する予定だ。ここで樽詰めされたスピリッツは施設内に貯蔵されているが、長浜市内の別の場所にある貯蔵庫で熟成される樽も出てくることになるだろう。 長濱蒸溜所のチームは、近頃のウイスキーファンが以前よりもせっかち(情熱的ともいう)であることをよく理解している。そこで熟成中の製品も楽しめるようなアイデアをいくつか考えた。まずはニューメイク500本が消費者向けにボトリングされた。それに加えて、長濱蒸溜所では個人向けのミニ熟成キットも用意している。アメリカンホワイトオークでできた1本のミニバレルに、ニューメイク1本が付いたこのキットは、「Whisk(e)y Lovers Nagoya」で発表されるとファンの間で大ヒットになった。 ミニ樽がスピリッツに及ぼすインパクトは驚異的だ。ニューメイクといっしょに、10日、12日、18日、25日、30日の熟成を経たスピリッツを蒸溜所内で比較テイスティングさせてもらった。自分自身の「スイートスポット」が、どのあたりにあるのかを探るのは面白い。絶妙なタイミングで熟成を完了させたら、ボトルに移してその後のお楽しみにするのである。空いたミニバレルは、新しいニューメイクを詰めて再利用してもいい。私自身の好みは18日もののスピリッツだった。だがこれもカスクの個性と個人の好みによって異なってくるだろう。1Lでは不足だという人には、オクタブ(45L)、クォーターカスク(110L)、バーボンバレル(180L)を購入できるカスクオーナーのプログラムがある。現在のところ、一番人気があるのはオクタブのようだ。 ニューメイク自体は、非常に飲みやすい。リッチで、かなりフルーティで、軽いフローラルな香りもあり、穀物由来の甘味が屋台骨を作っている。これをレストランで心地よく味わえるアイデアも生まれた。その名も「長濱ハイ」。長濱蒸溜所のニューメイクをソーダと氷で割って、滋賀県特産の獅子柚子のスライスで風味付けしたものだ。 現在のところ、長濱蒸溜所のスタッフはいくつかのプロセスを試行錯誤しながら細かな調整を続けている。これが一定のところに落ち着いて、生産量が目標とする水準に達したら、さらに異なった特徴を加えるための実験も思い描いているようだ。それはヘビーピートかもしれないし、別種の酵母の採用かもしれない。ウイスキー樽でビールを熟成する道もあるだろう。日本一小さな蒸溜所だが、夢は果てしなく大きい。今後の動向に注目である。
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ケンタッキーの躍進(3)コッパー&キングス【前半/全2回】
日本在住のウイスキージャーナリスト、ステファン・ヴァン・エイケンがケンタッキーを訪ねるシリーズ。最後の目的地は、バーボンでもウイスキーでもなく、ユニークなブランデーとアブサンを生産する「コッパー&キングス」だ。 文:ステファン・ヴァン・エイケン ルイビルでも特に豊かな歴史を感じさせるブッチャータウン地区。コッパー&キングスは、訪ねた瞬間から経営者の情熱が伝わってくる蒸溜所だ。創設者は、ジョー・ヘロンとレスリー・ヘロン。同社を立ち上げる以前、彼らはすでに2つの飲料ビジネスを経験している。ひとつは2006年にペプシに売却された「ニュートリソーダ」で、もうひとつは2012年にミラークアーズに売却された「クリスピン・ハード・サイダー・カンパニー」だ。 2014年に設立されたコッパー&キングスは、2人にとって引退後のささやかなビジネスという位置づけのようである。依然としてビジネスであることに違いはないが、利益を上げることよりも、クリエイティブに働いて良質な製品をつくり、自分たちが満足することを優先している。ロックバンドのような蒸溜所の名称も、そんな精神がにじみ出たものだ。蒸留所と音楽との関わりもかなり深いのだが、それは追い追い紹介することにしよう。 ケンタッキーはワインの名産地ではない。小規模なワイナリーはいくつか存在するものの、こんな場所にブランデーの蒸溜所を設立するのはいささか突飛な考えに思われる。だがここで熟成されているブランデーについて知るにつれ、ケンタッキーがブランデー生産に適した場所であることがはっきりとわかってきた。 コッパー&キングスでつくられるブランデーは、ミュスカダレキサンドリー、コロンバール、シュナンブランという3種類のブドウを原料としている。ワインはカリフォルニアで造られ、タンカーでこの蒸溜所まで運ばれてくる。蒸溜所は防腐剤を使用しない主義なので、この工程は可能な限り迅速におこなわなければならない。ワインは到着と同時にポットスチルへと注がれる。 コッパー&キングスでは、アップルブランデーもつくっている。原料のリンゴはミシガン産だ。米国にはこれといったブランデー用の品種がないため、シャープやセミシャープに分類される酸味の強い品種が用いられる。7〜13品種のリンゴをブレンドし、独自のブランデー用リンゴに調合するのだ。圧搾した新鮮な生のアップルジュースをゆっくりと1カ月かけて低温発酵し、ポットスチルで蒸溜する。 小規模だが洗練された生産体制 蒸溜所には3基のポットスチルがある。どれもここから5分ほどの場所にあるヴェンドーム・コッパー&ブラスワークス社が製造したものだ。スチルの大きさはまちまちで、ボブ・ディランの曲に登場する女性の名前から愛称が付けられている。サラ(200L)、マグダレーナ(2,800L)、アイシス(3,800L)といった具合だ。すべてのスチルはスチーム加熱式で、2回蒸溜を採用している。サラのポット上部には「ヘルメット」が取り付けられており、これを取り外してジンバスケットに接続し、ジンとアブサンをつくることもできる。ヘッドディスティラーのブランドン・オダニエルが、それぞれのスチルの役割をを説明してくれた。 「サラは小規模な単発プロジェクト用。マグダレーナはそのままボトリングされる繊細なスピリッツ用。アイシスは樽熟成されるスピリッツ用です。すべてのスチルには水平式のコンデンサーが付いています。これによってスムーズに蒸気がスピリッツへと推移し、豊かなフレーバーが最大限取り込めるようになります。会社のコンピューターは、在庫管理に使っている1台だけ。カットは数値ではなく味覚で決められ、そのお酒がすぐにボトリングされるのか、樽熟成されるのかによってカットポイントも異なってきます。他にもさまざまな要件があるので、人間の官能評価と細かいモニタリングは欠かせません。蒸溜は複雑な工程なので、普通の人なら思いもよらないことも気にしています。例えば満月の日に蒸溜したスピリッツには、その後のプロセスでも特異な影響が見られたりしますから」 熟成が必要なコッパー&キングスの製品には、使用済みのバーボンバレルを使用する。なるほど、ここでケンタッキーという地の利が活かされるわけだ。 「ブランデーの90%はフレッシュなファーストフィルのバーボンバレルです。文字通り、本当にフレッシュですよ。州内にあるいくつかのバーボンメーカーと仲良くさせてもらっていて、午前中にバーボン蒸溜所で樽空けされたバレルが、すぐコッパー&キングスまで運ばれて午後にはブランデーが樽詰めされます。ここの樽は、それだけフレッシュなんです」 ブランデー熟成に関しては、米国内でもさほど多くのルールや制限は存在しない。そのため、他の種類の木材でも熟成を試してみることができる。 「グレープブランデーの残り10%は、大半がアメリカンオークの新樽で熟成され、一部でワイン樽、ポート樽、シェリー樽、テキーラ樽なども使用します。アップルブランデーの10%は、ほぼシェリー樽です。シェリー樽が、アップルブランデーにバタースコッチの風味を授けてくれることに気づいたんです」 またコッパー&キングスは、スリーフロイズ (インディアナ)、アゲインスト・ザ・グレイン(ケンタッキー)、シエラネバダ(カリフォルニア)、オスカーブルー(ノースカロライナ)などのクラフトビール醸造所と協働も始めている。 「私たちの樽をビール醸造所に送って、ビールのバレルエイジングに利用してもらいます。それが終わって送り返されてきた樽に、ブランデーを詰めるのです。これがまた、夢にも見なかったような素晴らしいフレーバーを授けてくれるんですよ。例えばここでブランデー熟成に使用したシェリー樽をシエラネバダに送ったら、彼らはその樽でチョコレートスタウトを熟成しました。同じ樽で再びブランデーを熟成すると、魔法のように素晴らしいフレーバーが生まれたのです」 このようなクラフトビール醸造所経由の樽で最低12カ月熟成したブランデーのいくつかは、すでに 「クラフトワーク」シリーズとして発売されている。一方で、他の米国内の蒸溜所がたくさん採用しているのに、コッパー&キングスが手を出していないのが小樽での熟成だ。 「私たちは長期戦略なんです。次のブームはブランデーだと確信しているので、時間や手間を惜しんでまで慌てて製品を送り出すことに興味はありません。コッパー&キングスは、もっと大きな野望に向かっていますから」 (つづく)
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